09 トリシアの足跡 (2)

 前に宮廷魔術士であり、また学園の初代学長であった魔術士トリシアに関しては、チャカ関連の事で調べるつもりだった。

 今はさらに優先度が上がったな。

 なんせ、彼女が香取詩杏その人だったという可能性がやたらと増えた。


 そういやダジャレというか、単純すぎる語呂合わせのネタを好むやつだったなぁー……。


 ウザイン・ナリキンバークの語源が“ウザい兎沙美・成金ばく君”とかバラされた時の脱力感とか……

 それが巡り巡って最後はゲームのネタで全国に拡散とか洒落にならん話だったり。


 それを思いだしたらトリシアの語源も想像しやすい。

 香取詩杏、〈カトリ・シアン〉の両端の“カ”と“ン”を除外すれば残るのは〈トリ・シア〉。

 最初の作品が文集用の売り物じゃなかったからといって、ネームのセンスが安直すぎるだろうってやつだ。


 で、香取詩杏とトリシアが同一人物の前提で、学院内で彼女を知る一番の手段は、図書館に通い彼女に関する書籍探しが最善になる。

 まだ学生時代の初年度であり、重要な書籍関係のほとんどに閲覧規制のかかる俺だが……図らずもその関係の責任者が便宜をはかってくれることになった。


「名ばかりの役職だが、学生一人の融通を利かす程度には権限を維持できている。特異点・ウザイン・ナリキンバーク、安心して彼女の足跡を追うといい」


 そう、ツララである。

 思い返せば彼女の初対面は図書館でだ。

 別の言い方をすれば司書としてしか活動していなかった彼女とは図書館でしか遭遇できなかったわけで……ある意味この状況は必然と呼べるのかもだが……


「実に心強い言葉なんだが、君の背後の般若様は果たして同意のことなのかな?」


 先日までの図書館通いで多少顔見知りになった司書長らしき人が荒ぶっておられる。

 場所がらか無言をとおしてるが、美人でツルンと卵肌だった御面相に今は幾本もの深い皺を刻み、視線に殺意を隠す気も無い正に鬼女としか呼べない形相でツララを凝視していたり。

 ……うん、司書として仕事をしてないツララには最初から良い印象を持ってない風だったしねぇ。


 俺の私的に背後を振り向き、きっかり二秒後にこちらへ向き直るツララ。


「問題無い。この件は館長に許可済みの案件。その配下の司書長クラスに私情を挟む権限は無い」


 いかにも“ムキー!”と吠えそうなサイレント地団太を踏む背後の司書長。

 床を勢い良く踏み蹴るくせに一切の音を立てない様は……さすがはプロ(?)の技なのか。

 ツララの伝手に頼ったとはいえ、さすがに申し訳無い気持ちも湧くので、ここはクズ貴族らしく袖の下な作戦を。

 幸いかな館内の司書さんらは全員が女生徒。露骨な金銭より彼女等の琴線に触れる丁度良い物品を提供しよう。

 もう世間の知名度もたっぷりと得た、〈神珠液〉の廉価版である。

 神殿経由で得られる以外にはまだまだ単価のかかる代物だが、美容関連の話は生きる階級に関係無く共有される話題なようで、彼女等の態度は豹変としか言い様の無い変貌を遂げてたり。


「学習してはいるが、事象の円滑な運行にはどうしてこうもルール外の要因をはらむのか……」

「人の欲望は都合良い物語とは無縁と思うぞ」


 モブまで含めて、登場人物全員の個人的な欲望まで描こうとすりゃ話が纏まらないのは当然。だから主要キャラ以外の個性は大概が無いものとして扱われる。

 物語としては当然なんだが……でもこの世界は、モブの一人一人に当然のように人生がある。つまりは彼・彼女等の欲望次第で正規イベントが変質する可能性は常時存在するわけだ。


「……なるほど、乙女ゲームには除外できない系の欲望スパイスは、実に簡単に正規ルートへの補正力を駆逐するんだなぁ」


 今さらに再確認したが、美容品が世間へ与える影響力に戦慄する俺だった。


「禁書庫の通過証は司書同伴ならば必要ありません。また私は此処に棲む暮らしも長いので閉館の心配もありません。時間を有効に使い存分に調べられますよ」

「今さらっとダメニンゲンな発言があったが……都合は良いので聞かなかったことにする」

「………………どこか変な事実がありましたか?」

「………………」


 ダメだ。芯から常識が違うと通常のツッコみがツッコみにならない!


 とにかく、前置きは長くなったが俺たちは禁書庫のおかれた区画へと移動する。

 仰々しい言い方だが、別に特殊な魔術で封鎖されているというわけではなかった。ちゃんと出入りする扉の前に監視役の人員が門番をする一室。その中のことを指す言葉のようで――


「いえ、魔術的に危険と判断されたものはこの室内の別区画に封印という形になっています」


 ――さいですか。

 ただ、トリシアに関する書籍は大半が通常のまま閲覧可能だ。

 前に聞いた未完成の魔術が記されてるとかな備忘録も、詠唱が不可能な無音空間に置かれてるだけなので、その範囲から出さない限りは問題無しだそうだ。


「まぁ、誰か彼かが編纂したか解読済みの書籍は意味無さそうだし、まずはその備忘録だな」

「了解、案内します」


 しばし移動。

 別に禁書庫がトリシアの専用エリアというわけでもなく、歴代の最高峰の魔術士たちによるアーティファクトの収蔵室といった雰囲気もある室内。

 中にはこう……解りやすく鎖に雁字搦めの上格子つきの台座に置かれた仰々しい“いかにもな魔導書”っぽいやつも結構あるな。

 ホーズだけじゃなく、黒っぽいオーラを纏わせてたり、鎖をガチャガチャ鳴らして宙に浮こうとしてたりなものもあるので“マジモンだぁ”と素直に感心する。


 ただ不思議なのは、書籍に混じってたまに剣やら甲冑やらも置かれている点。

 凄い性能なのかもだが、ただの魔道具関係はここに有ってもいいのかね……と疑問に感じる。


「それらは〈知性ある呪具インテリジェンス・ギア〉の類です。至極簡潔に言えば私の同類のようなものですね。もっとも、封じられた意思と人格は作成者本人と性能不足の感はありますが」

「ああ……さいですかぁ……」


 そりゃまぁ、神具のカルキノスに比べたら個人の知識が詰まった程度のものは劣化版とも呼べないだろうなあ。


 またしばし移動。

 今度は現着。


「この区画に魔術士トリシア、推定・香取詩杏の自筆の私書録が纏めてあります。記述内容の時系列が確認できたものは製本し備忘録として、それ以外は劣化防止の書箱にありますから……全ての確認にはかなりの時間を要すると思われますね」

「うん、まぁ、察した」


 無感情なツララが一瞬だけでも怯む反応をしたのが納得というか。

 備忘録、というからトリシアの遺したメモをバインダー式に纏めた本程度に思ってたんだ。

 ……それも一冊のな。

 だが実際は、俺の記憶の中にある古い古い時代の電話帳とか“広”から始まる辞苑より遙かに分厚いものが本棚にぎっしり。さらには平積みすらされてる物もある。

 そして両手で抱え持つのがギリ大丈夫なサイズの木箱――これが書箱だろうってのも山積みドン。少なくとも30箱は視界に写る。


「私の得た彼女の伝説の一つに、“かの魔女は朗々と詠唱するがの如くペンを走らせ書を記した”とある」

「あぁうん、そこは多少……思い至る」


 物書き系趣味人な彼女は、同時に同人絵師でもあった。

 確かクロッキーデッサンの基礎は学んだとかで、30秒デッサン百人組手は黒帯だったとか……何とか。


 何にしても、この世界でも彼女は彼女として生きたんだろうと安心した気持ち半分。

 もう半分は……ちょっとは手加減してくれよという気持ちが。


「……特異点・ウザイン・ナリキンバーク。私を構成する香取詩杏の部分が『ごめーん、テヘペロ☆』と言えという衝動を伝えてきたのですが?」


 ……詩杏さん、勘弁してつかーさいよ。



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