08 トリシアの足跡 (1)

『……――サミ君は何でこう、やること為すこと極端なのかな?』

『ええ……だってなぁ、あぶく銭ってのはパーッと使いきるのが江戸っ子の心意気だって祖父ちゃんの遺言がなぁ』

『だからって宝クジのお金全部つぎ込むプレゼントとか重い! あと君、前に五代続く由緒正しい玉県民とか言ってたよね、噓はいくないっ』

『そりゃ噓でもちゃんとした理由がありゃ女は安心するとかな祖母ちゃんの格言が……いや、すんません。というか別に重くないだろ、アクセサリーだし』

『その重いじゃなくてっ、いきなり三百万の指輪とか普通は渡さないでしょって意味ぃっ』

『別にいきなりって訳じゃなくてなぁ』

『こんなの普通、プロポーズに使うアイテムでしょう! ただのデートに誘う時のじゃないから』

『ううむ……親父の指南じゃ嫁捕まえるまでに一千万は使えって……』

『……はぁ……、君の御家庭は世間様の感性と致命的な乖離があると解ったよ あれだね、飲み会女子評価で“男衆一番ウザい奴”な理由にも納得いったね』

『なんだそりゃ? えっ、俺そんな風評されてんの? 怖っ、女子会業界って怖っ』

『大学の飲み会なんて体の良い合コンなの当然でしょう。そのあたり男は一晩の遊び程度だから仕方無しってねぇ……。でもあれね、君のそれがネタじゃなくてマジなのは本気でヤバいわ。今のうちに何とかしないとっ、クズな三代目が家潰すってパターン確実だし』

『地味に酷いよ香取さん。落語のネタじゃあるまいし、というかさすがに家の金は使ってなくて、ちゃんと宝クジでの――』

『そこのデリカシーの無さも矯正しないとよね。あと寄席で笑いとるネタ程度にするなかぁーれ! 元ネタは壮大よ! 一代目ウラノスは苦労し世界創世を為した。二代目クロノスはその地で神々の楽園を築き上げた。でも三代目ゼウスは淫行と放蕩の限りを尽くし――』

『はいはい、ギリシャ神話持ち出してもネタはネタ、あと落ち弱いよな、ギリシャ神話は』

『じゃぁ北欧神話でっ。あれなら最期はラグナロクで――』

『いやもう、脱線しまくってるから。それでどうかな? デートは受けてくれるのかな?』

『……仕方無いなぁ、じゃあ、コース設定に一つ、プラネタリウムの追加で……受けます』

『プラネタリウムかー……、今から予約をかぁ……うわぁ軍資金がぁ』

『だから極端だって言うの。ほら、“コレ”を使えば良いでしょ』

『香取さんも極端だって。普通、あげたその場で指輪を売ろうとするかな』

『私の物をどう使おうと私の勝手でぇす。これで懲りたら…………懲りないかもだけど、こういうのは二人で決めるのを学ぼう。

 いいね? ちゃんとそのスカった脳に刻む事。解ったかな、兎沙美ウサミ君』





「……知ってる天井、だな」


 まだ記憶に薄い女性との会話。

 彼女が、香取詩杏なんだろう。するとまぁ、結婚前から尻に敷かれる風の相手が俺か。

 でもまぁ、そちらは何となく納得できる感じもあるな。


 祖父は古い堅実な農家のまま一生を過ごし、継いだ親父はいわゆるバブル時代に生きたせいでか、バブルの恩恵も無いくせに金遣いがおかしかった。同じ世代の母も多少はマシだが決定的な歯止め役にはならず、実家は緩やかに貧乏路線だったと思う。

 俺も……都心の大学で世間の感覚ってのを知らなきゃ親父に染められた感覚のまま生きたんだよな。


「前世でも破滅ルートな環境って、どれだけ業が深かったんだ、俺?」


 まだ薄い。

 自分を思い出したとは言えない。

 だが香取詩杏に惹かれた頃の自分は思い出した。

 大学生にもなって初めて頑張った慣れないナンパに苦労した頃の事を……はっきり、黒歴史と断じれる悶絶の記憶は復活した。


 ……ああ、彼女が“私の友人の彼氏が――”とかやって世間にいろいろ発信する系の子じゃなくて助かったなぁ……


 ……まぁ、ある意味それ以上にヤバい展開な事は……この際、バレようもないので無かった事にするとして。



 昨日のツララとの邂逅を経て俺は香取詩杏を知り、またその夜の夢の記憶も加えて俺は香取詩杏という女性を思い出し。

 そして、ようやっと自分の名前を記憶の底から引っ張り上げた。


 前世の俺は、兎沙美ひろしという。



 途切れ途切れの夢の内容を反芻してみる。


『――ねぇ、今度さ、宇佐美君のことをネタに使って良い?』

『ヤメテクダサイ、死んでしまいます』


 大学時代、彼女は所属するサークルで創作活動に勤しんでいた。

 いやまぁ、某イベントで同人誌を売る系のやつなんだが。


『いやいや、実名登場はさせないよ。それはさすがに倫理に劣る外道の所業だし』

『暗にBでLな非業の最期通牒にしか聞こえないぞ』

『違うって、売り物じゃなくて真っ当なサークル活動成果の方よ。いわゆる漫研文集。健全な創作ネタを記して、この大学の書庫に永久に保管しましょうなやつぅ』

『ヤメテクダサイ、それはそれで死んでしまいます』

『ええー!』




 結局、彼女を留めること叶わず、というやつだ。

 とにかく、創作の世界の業は深い。


 まだ記憶のピースがばらけてて時系列の繋がりが怪しいが、おそらく全ての原因はここにある。

 俺は後々、彼女が書き上げた作品を見ている。

 何のきっかけでかは残念ながら憶えていない。

 だが推測はできるな。

 それが〈ローズマリーの聖女〉の物語だ。


 俺はそれをゲームから始めて……それを彼女が知って『そういえば』とか恐ろしい過去を掘り起こし……


 ああ、そうだ。

 それで出てきたのが……あの文集。

 最初の物は単なる短編。

 まだタイトルすら仮名の典型的なファンタジー作で……




『懐かしいねぇ。ほらほら、このクズい悪役、誰かさんに非常に似てる気はしませんかぁ?』

『……何てことをしてくれヤガリマシタカなぁ、詩杏さん』


 後に〈ローズマリーの聖女〉と改題する処女作〈トリシアの魔法世界探訪〉に登場したヒロインの敵役は……

 やたらに細い体型の長身。

 ウザい言動と胡散臭い行動。

 とにかく出ればヒロインに一蹴されるのが得意な雑魚野郎。


 ゲームでのイメージとは微妙に違うが、紛う方無きウザイン・ナリキンバークの原形と呼べるものだった。


『いやぁ、やっぱりモデルが居るとキャラに深みが増すわよねぇ』




 そりゃぁ……記憶の奥底にも封印するさな悪魔の所業だよ。

 俺は名実共に、ウザイン・ナリキンバークってやつだという証明なのだから。



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