07 閑話・ルミナエラの決意

 ツララがあのウザイン・ナリキンバークに接触している。

 前以て聞いている彼女の予定では、何処か人目を避けた場所で私に語った事を彼にも伝えるという話だ。

 それはこの世界においてのツララ・ミヤモリ・フジフォンテという存在が“何か”というもの。また、私とウザインが共に特異点という、この世界の重要な存在ということ。


 ……ルミナエラ・ニルフォクスが特異点という部分は納得しやすい。

 生家の重要性は〈ローズマリーの聖女〉という物語の根幹に組みしているし、将来の動乱や戦乱にも影から介入する事が必須の一族の末端なのだから。


 けど、なんでもう一つがあの、ナリキンバークなのだろう?

 最近ようやっと思い出したのは、あのウザインが物語の原作で初期から出ていた悪役キャラだったというもの。全てのイベントはさすがに憶えてないが、ライオンレイズ公爵家の悪役令嬢が登場するまでの前座的な役割だったのは確かだ。

 そういう意味では重要性は高いのかもしれないが、ソシャゲ版ではすでに時代遅れの雑魚もいいところ。

 だから正直、記憶の彼方に忘れてた存在なわけだし……。


 ……それにしても、雪緒ちゃんツララは一体、どうなってしまうのだろう……

 ?


 先日、昏睡状態だったツララが目覚めて早々、恐ろしいことを言った。


『私は近く、貴女・ルミナエラの前から消えるだろう』


 その後の言葉は、彼女特有のちょっと理解を超えた言い方で語っていたせいか全く頭に残っていない。

 いや、私が聞くのを拒んだのだ。

 彼女の最初の言葉だけで、充分に私は動揺していたから。


「……なんか、まるで雪緒ちゃんじゃないみたいだよ?」


 結局、出た言葉はそんな非難じみた言葉だけ。

 転生してからの彼女は前にもまして感情の薄い印象だったが、今はもう完全に人形のような物に見えてしまう。


「そうですよ。私は白瀬雪緒・ではない。それはこの世界で対面した時から言っています……その時の事は記憶していますか?」

「ええ、方々探して、やっと雪緒ちゃんを見つけたと思ったら“そんな再会”。でも呆れるくらい、雪緒ちゃんらしい言葉だったけど」

「そうですね。その時の私は、貴女の記憶の中の白瀬雪緒のままに対応しましたから。

 意地の悪い言い方ですが、時間も惜しいので少し手荒に行きましょう。

 ルミナエラ・ニルフォクス、貴女が音無夕姫として白瀬雪緒と共にした半年程度の時間が、白瀬雪緒の全てだと断じれますか?」


「……え?」


「先天性のアルビノとして日本に生まれた白瀬雪緒。黒髪社会の中での異様に目立つ白髪、失明防止のサングラス、紫外線による肌の炎症防止の処方いろいろ。

 普通の女子高生ではいられない白瀬雪緒を。貴女と出会ったときの異様性を貴女は記憶しており、それが私のカタチに反映された。

 ですがその異様の背景を、幼少期にはより過激な周囲の反応があった事実は、貴女は教師として記録を見ることでしか知らなかったでしょう?

 それは白瀬雪緒の全てを知っていると言えますか?」


 ツララは、雪緒ちゃんは何を言っているんだろうの疑問しか出ない。

 なぜ、再会の場でいきなりそんな、まるで責められるような言われ方をしなければならないのか?

 でも言葉を投げられれば勝手にそれに関する記憶が浮かぶ。

 今言われた内容は、私が副担任として教育実習で受け持つクラスの要注意生徒の一覧に書かれていたもの、そのものなのだし。


 私の立場じゃ別に本格的に対処する相手では無いし、個人情報でもあるから概略程度の内容だった。

 小・中・高のミッション系女子校。都心から離れた自然の多い環境のそこは、女子校として由緒あるのは事実だが、実態は普通の教育の場では扱いが難しい子供たちを専用に集めた隔離所でもあった。

 そんな背景がある場所は多かれ少なかれ歪んでしまう。案の定、白瀬雪緒は思春期の時期となる中等部時代にイジメの対象になった。

 高等部になりその状況は解決したが、彼女の無感情な性格はその洗礼で形作られてしまったらしい……と記録には書かれていた。


 私が出会った頃の彼女はすでにそうなった後のもの。

 確かに、彼女がどういった人生を経てそうなったかまでを、私は本当の意味では知らない。


「勘違いはしないでください。責めてはいません。

 ルミナエラ・ニルフォクス。いえ、特異点・音無夕姫。今の私は、その貴女の知る範囲でしか白瀬雪緒を再現できない。

 貴女に問うた私の過去を、私は貴女を通した一部しか最初から知らないのですよ――」





 手元のグラスに揺れる波紋を見つつ、そんな幻視がよぎる。


 彼女が本物の白瀬雪緒が転生した存在では無い。

 あの彼女はカルキノス・システムという、事典型の神具が操る人形なのだと出会った頃にも聞いている。

 だが、そんな雰囲気は欠片も無かった。

 無口で大人しい雪緒ちゃん。活発で五月蠅い五月ちゃんメイウィンド、二人の掛け合いは前世の、私の知っている二人の関係そのものだった。


 ……それすらもが、幻想まやかし


 私がそう望むから、彼女らはその通りに、ただ動いていた?


『私はこれから、特異点・ウザイン・ナリキンバークと接触する。彼の反応によってはもう会うことも無いでしょう。しかし、だからといって彼を害しようとはしないように』


 様々な情報を検索可能なカルキノスでも、特異点の消失からくる変化は推測の外のことらしい。

 ただ、特異点という存在を失った最悪の影響は……この世界そのものの消失。

 その最悪な未来だけは確実だから……と雪緒ちゃんには念押しされた。


 でも、だからといってそれが何なんだろう?

 このままでは雪緒ちゃんが消える?

 彼女が消える事以上に私にとっての大事なものは何?

 まだ再会を果たしていない残りの二人もいるのに、それより前に雪緒ちゃんに望まない別れとか……あり得ないでしょう?



 音無夕姫、貴女は、私が、最も優先することは何?


 ……そうね。

 決まってるわよね。


 遙か先の戦争対応より、よっぽど先に片づけないといけない問題を処理しないと。


 私の生徒たちの害になる、この世界のウザイン・ナリキンバークは要らない!



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