06 夏の強制イベント (6)

 パーティは途中退場した。

 別に不義理になるわけでは無い。こういったものは参加の挨拶さえ済ませば9割方の義務は果たす。

 のこり一割は、同じ場に集った者同士の何かしらの連帯感を高める程度のもんだ。それも主催側とは無関係な部分でな。

 ただ始まって一時間もしないうちにってのはホストに角を立てる気もしたので、ウィンストンを遠目に確認し、黙礼だけは済ました。気づいた向こうも、俺と同行するツララを見て察したのか軽く笑って黙礼を返す。彼を看板にした本当のホストには……ずっと魔力含みの視線の反応があるんで要らんだろう。


「場所を移すのはいいんだが、君の……希望や制約は?」

「私・ああこの事象の流儀に沿わないと行動の不便さがあるのを……私はツララ・ミヤモリ・フジフォンテ、まだ学生の身でありながら総合能力値においては人類最強域に達せんとするウザイン・ナリキンバーク・様に経緯を……これで私への敬称に不便は無いでしょう」

「……気遣いありがとうよ。それで?」

「制約は特にありません。希望に関しては、特異点・ウザイン・ナリキンバークが有利に活動可能な隔離空間を」

「了解した。時空を隔てる的なファンタジーなもんは無理だが、それに近い環境に移動しようか」


 最初の会話以降、ツララ……いや彼女を介したカルキノスとの会話は何とも気持ち悪い。

 生き人形を演じているのとは本質的に違うというか、特にカメラのピントを合わせるかのように瞳孔だけ拡縮させるのは止めてくんないかなーってのが……マジに切に。


 で、移動先はナリキンバーク商会の王都支店。

 人の出入りは盛んだが、関係者以外立ち入り禁止の区画は機密的に絶対の隔離性を自負するところだ。


「私の身柄はニルフォクス公爵家が管理している。ナリキンバーク家の機密に繋がる施設の情報とは離した方が無難でしょう」

「ご忠告ありがとう。で、他に何か要求は?」


 セーフルームというか、支店内でウチの身内が個人生活をするのに使う部屋に入りながらの質問。

 移動の流れからパーティ会場よりメンバーは変わっていない。俺、フラウ、ライレーネにメイド隊三名。最近はもうこれが基本で、時々リースベルが混ざる感じか。

 そんな彼女等を一瞥したツララ。最期にまた俺へと視線を固定し、またトンデモナイ発言をしてくれた。


『これらの同行者のうち、特異点・ウザイン・ナリキンバークの異世界転生を知る者ならば同席に異論はありません』


 そりゃ結局、全員無理ってことじゃんよ……。


「もう、ここまで付き合わせて何なんですの!」


 解りやすくプリプリと御冠なライレーネを先頭に全員を下がらせ、ツララと二人きりの対面。

 それでも最低限の歓待の席は設定した。イングリッシュなお茶会様式。

 ……全部メイド任せの部分で。


「とりあえず胡散臭い成金貴族との密会以上の噂は立たないと思うが、そこからのマイナスイメージがどう膨らむかまでは関知できんので許してほしい」

「私は別に気にしません。マイナスイメージ。この事象においての悪評に関してならば、むしろ特異点・ウザイン・ナリキンバークの方に危険性が高いでしょう」

「ん、それはどういう……?」

「私の母体、カルキノス・システムへの侵食率は現在67%。これが80%を越えた時点で、私の原形を保てる安定性が消滅します。

 当システムが完全にイカロス・システム管理下となった場合、継続しツララ・ミヤモリ・フジフォンテの人格を構成する精神要素、音無夕姫との連結が解かれます。その時点で私が物理的に崩壊するのか、仮装自我を放棄しただカルキノスの人型端末と化すのか、どちらにしても貴方には少女一人を壊したかの嫌疑が生じる確率が高い」

「えっ、ちょ……っ!」


 イカロスなんちゃらってのが何を指してるかは、最近よく聞く事なんで推測は容易い。

 要するに、時たま脳内に脈絡無く聞こえるアナウンスの合成音とかが、ソレなんだろう。

 確証は無いが俺の魔力関連も、たぶんその関係で動いている。

 それじゃ今からでもカルキノスへの侵食行動を取りやめたなら――


「そちらは無駄です。もともとこの事象に複数の管理大系が存在するのは不合理です。二つのシステムが衝突した時点で、どちらかが上位下位の融合処置は必然ですので停まりません」


 えー……、そんじゃもう、この時点で手遅れっていうか、最初から自爆攻撃みたいな理不尽じゃんか。


「放置すれば確実にそうなります。ですので事前の対処案の提示に来たのです。

 なぜなら、カルキノス・システムの下位システム化が確定した状況ではその提示すら申請及び許可を必須とします。

 ウザイン・ナリキンバークが現時点において、前世の経緯を“知らない”と拒否している状況ではもう、システムからの申請自体を自覚しないでしょうから」



 ………………え?


「その言い方って事は、俺は自分の前世を憶えている?」

「ええ、特異点として作用する以上、その原初の起点に連なる情報は全て保持されています」


 ……ちょっと待て。

 情報としては衝撃的だが、そのインパクトに負けて前提を忘れるな。

 そもそも、ツララの発言が本当かどうかすら今の段階じゃ保証が無い。

 同じ前世持ちの立場なら共有してるネタの部分だって結構あるだろう。

 現にあの、エルフのメイフォレストだって前世丸出しの――


「――彼女メイに関しても、行動は活動的ですが私と根幹は変わりません。カルキノス・システムとは別系統が管理する模倣人格です。元々の彼女が活動的だった事もあり、人格の基幹とする部分を多く、音無夕姫から抽出したのです」

「ちょっと待ってくれ。言い方はなんだが……どうにもSFな専門用語ばかりで理解が追いつかん」


 というか、この世界は〈ローズマリーの聖女〉っていう乙女ゲームの世界だよな。

 いわゆるファンタジー。なんで唐突に、そんな別ジャンルの展開に……ってそういやデジタルなゲームが背景なんて神秘と魔法よりもSF寄りか?


「その部分も含め説明は可能です。しかし、私の中からそれは危険だという忠告が届いています」

「はっ……、そりゃ親切な」


 いっそ、前世が電波なやつの妄言なら気が楽になるんだけどな。

 でも何故か、理解できてないくせに言われた内容に噓は無いと確信してる意識がある。


「混乱してますか。

 しかし、ウザイン・ナリキンバークとしての個性に準じているなら当然なのですね。

 ではあまり大量に事実を開示するのは、逆に悪影響となりますか……それも暴走を誘発する形に……」


 無感動に、無表情に。しかし今は随分と饒舌な発音で話すツララ。

 いや……なんか操作されてる感が顕著になってるか? 時折自問自答気味の言動もあるし、彼女の中にカルキノス以外の何かが居るような?


「半分は正解です。今の私はこの外見個体の元となる白瀬雪緒という少女、その彼女を知る音無夕姫、そして彼女等からの情報の足りない部分を補う“もう一人”から成ります。

 その“彼女”が貴方との接点で活性化し、思考の表層化に出ています」


 今まで直球な言い方だったツララの、この含みを持たせた言い回しは……


「ええ、おそらく今の貴方は知らない方が良いのでしょう。そのための言い回しです。

 ですが、同時に伝えたがってもいるようです。聞きますか? 彼女の名前を」


 もし聞いた場合は?


「解りません。ウザイン・ナリキンバークを管理するシステムは停止ではなく自壊を内包しています。最悪の場合は、貴方の個体としての自死も含む選択でしょう」


 もし、そうなった場合は?


「イカロス・システムの消滅。続いて侵食途中のカルキノス・システムも良くて半壊、最悪は共に消滅です。どちらにしてもツララという個体は維持不可能となります。

 システム的な影響はもう一つの特異点・音無夕姫には影響しませんが、物体としての私を失った彼女の精神的な部分への影響は……悪いとしか言えないですね」


 ……さっきから聞く“音無夕姫”も特異点。つまり俺と同じか。

 あー、じゃあシステムだ何だでバッティングしてるのは――


「いえ、その解釈は正確ではありません」


 ――って、違うのかい!


「……だいぶ、感情面での平静に戻りましたね」

「ああ……なんか発狂寸前の気分だった……か?」


「貴方には“意識のストレスが大きいほどに、無口になり思考の檻に籠もりやすい”性癖があると知らされています。『だから手っ取り早く出口に向けてガイドするのが正解☆』ということで」


 え!?

 いきなり感情のこもった言葉に驚く。

 というか、その言い方には憶えがあるぞ。

 絶対にこの世界でのもんじゃない。なんせ日本語だ。しかも語尾に☆マークを降らせるような特徴の……っ。


「私の中の彼女は特異点・ウザイン・ナリキンバークに彼女自身を認識してほしいようです。ですがそれで最悪の選択を踏むのも望んではいませんね。

 ですから段階をおいて、少しずつ彼女に至る道程が配されていますよ。

 つまり、彼女を知るための選択は貴方の意志です。

 もう一度言います。聞きますか、彼女の名前を? それが最初の選択肢です」


 ……正直、意味深な設定ばかり大量にぶっ込まれて俺の脳内はまだ混乱中だ。

 ただ完全に拒否って決定をするつもりは無い。

 これが罠ならもう詰んだってくらいに手遅れだ。

 それほどに俺は、ツララの中の彼女ってのに関心が大きくっている。


 その他の情報に関しては……知った方が良いとは決めているが優先度がまったく違う。

 ……なんだこの感情?

 すごく焦ってるぞ、俺。

 焦ってがっつけば最悪死ぬとか言われてても本心じゃ気にしてない無謀っぷりだよ。


「……状況全体に関し無関心で終わる懸念が消えたのは安心です。

 ではタイムリミットを設定しましょう。期限は私へのシステム侵食が完了するまで。

 予想時間では今日より15日前後です。必要な部分は上位からの申請があれば復帰可能なよう待避させて――」

「いや、今言ってくれ。なんかこう、この焦りは知って後悔した方がマシなもんだって俺の直感が言っている」


「――わかりました。

 では私の中のもう一人の彼女の名前。それは――」


香取かとり詩杏しあん、前世の貴方の、妻だった女性です――』




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