58 ダンジョンアタック・エスケープ

 待機時間に約一時間。冒険者組の気絶者たちは除き、重体の一名、デイビス先輩以外は動かすのに支障はなくなる。

 移動だけなら誰かが誰かを背負えばいいので、そろそろ方針の決め時だろう。


「デイビスの回復はもう半刻もあれば安定しますわね」

「“上”の状況が沈静化してるなら、そちらに向かいたいな……」

「重傷以上は一度地上に戻したいのが本心ですね」


 メルビアス先輩の意識が戻ったのも、つい先ほど。

 それ以降は上級生三人での方針決めが暗黙の了解となったので俺は一歩引いた位置での待機中だ。

 とりあえずはデイビス先輩の腹の中をちょくちょく探査し、ヤバい内出血があれば局所治療の感じで処置している。

 現代医療の概念はあるが知識は無い。壊れた内臓を知覚できれば治すという意識は出るんだが、ではどの部位が異常ありなのか……までは判断がつかないんだよなぁ。


 ……こういう時は……正直、フラウシアが居てくれた方が助かるなぁと思う。

 俺みたいな、ある意味無駄な知識が無い方が力技的な感じで治せる事も多くなる。


 対してこういう時に俺ができることは……あっ。


 使い魔達へと意識を送る。“この階層で単身偵察はできるか?”と。

 返ってきた答えは“大丈夫”。

 ではと一組、アルミラージ搭載トゥリブーを21階層の駐屯地へと向かわせることにした。


「リリィティア様、使い魔を偵察に行かせましたんで、程なく状況の確認は取れますよ」

「あら、そうですか」


 そんな感じで今暫くの待機。

 デイビス先輩に失血以外の心配が無くなったころに“安全になってるぅ”の連絡も来たので移動を開始。

 帰還の行程は特に問題無く、20階層へと戻った俺たちは地上へと帰還することとなる。


「ウザイン、私たちの調査は一応25階層を到達点としています。目標はあの黒い腕の存在、その討伐です。ですが、学院としてはそれに対し性急に動くことは望みません」

「はい」

「ダニングス先生を介した冒険者ギルドの思惑も知れましたし、討伐までの積極的な部分は彼等を利用します」

「あー、はい」

「以降は各階層の地図埋めと魔物の驚異度調査を優先し、討伐は二次目標とします」

「つまり、当座の予定通りってことですね」

「そうね……(そしてウザイン、貴方の特質でダンジョンの無害化を試みる。よろしい?)」

「(了解です)」


 ここのダンジョンの浅層の件。また廃城ダンジョンの一件。概要くらいはリリィティア様に教えてある。

 リリィティア様にしてみれば学内ダンジョンの利便性は必要なのは事実。しかし同時に学生の危険性の大きい部分は無くせるものなら無くしたいのも本心だろうな判断だ。

 また俺の及ぼす効果は、ダンジョン自体を支配下に置かなければ、そのうちダンジョン側の影響の方か強くなる……はず。

 当座、例のレイドボスの件が落ち着くまでの変化であれば許容内ということなんだろう。


「(その間の殺戮……ではなく調査には私も必ず同行しますわ。ただの娯楽でもなく私の成長すら見込める有意義な実戦。もし今度、別のダンジョンに行く事になっても、その時は一報くらいの手間はしなさいな)」

「……いえす ゆぁ はいねーぇす」


 一部訂正。

 さすがは高位の血統の貴族様。

 最大多数の利益を優先しつつも、さらっとそこに私益を混ぜる。

 というか、両立させて違和感無いのが質悪いわー……


 そんな感じで地上に出た頃は……そろそろ夕方の赤い空。

 授業の一環と呼ぶには遅めだが、一応は普通に帰れそうか。


 ……終わってみりゃ今日は(俺自身に関してなら)平穏か……などと思ったのは早とちりか。

 ここ最近は何かの隙間を縫うように来るシステム音声が、今、また聞こえた。


【神具・カルキノスへの侵食度が62%になりました。機能の利用に関する許諾が保留中です。保留を解除しますか?】


 またも精神破壊を兼ねたヤバいやつの選択肢が湧いてきた。

 保留継続。そっちの調査は手付かずなんで悩む必要も無い。


【保留継続を確認。しかし精神融合待機中の個体の維持に支障が出るため、仮想人格の再設定を開始します。設定後の融合処置には段階的な変更が必要となります。カルキノス・システム、及びイカロス・システム、双方の同調を確認の後に変更認証される事をご留意ください――】


 ……む?

 なんか理解のできない専門用語なアナウンスになったな。

 また調べなきゃならんことが増えたのか……?


 というか、カルキノスの方は想像できるとして、もう一つの“イカロス”とは何ぞや?


 ……ううむ、どっかで聞いたような気はするんだが……




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