59 閑話:カルキノスの器
【――仮想人格の再設定を開始します――】
そんなアナウンスの後に覚醒した私は……伝承神聖女を務めるツララ・ミヤモリ・フジフォンテなる存在だ。
【――素体由来の人格情報抽出……失敗――】
それはそうだろう。
この身体の元となった存在は、異世界への転生という形での生まれ変わりを拒否した。
白瀬雪緒という人間は、もうどの時空を検索しても存在しない。
彼女の生きた世界の記録媒体、その世界の人達の記憶に僅かな想い出を遺した以外は、新たな輪廻の先には要らぬものとして、その全てを消しさり去ったのだから。
【――関連者よりの模倣情報を抽出……成功。基礎行動パターンを再構築――】
代換案として彼女の関係者……知人、友人が知る白瀬雪緒のイメージがデータ化され、足りない部分は“他”より補われていく。
こちらの“彼女”は白瀬雪緒とその関係者が直接知る人物ではないが、一番、この世界に精通する者でもあるので補間要素としては最適だ。
前回の私もそうして纏まり、しかし安定しきる前に予期せぬトラブルによって崩壊した。
そこまでの記録は健在なので、すぐに元通り……と呼べるほどには回復するだろう。
……いや、まて。
イカロスの介入が補間要素に妙に結びついている?
もう一つの私でもあるカルキノスに検索を。
補間用人格サンプル――事象構成素体・
【該当情報への優先度はイカロス・システムが高位となります。当カルキノスの要請は拒否されました――】
……やはり弾かれた。
【――当システムの優先度を上げるためには、事象干渉特異点・音無夕姫の事象存在値をイカロス側の事象干渉特異点より上位に置いてください――】
明確な答えは無い。しかし、今の私の一部である香取詩杏という人物は、イカロス側に縁のある者だったという推論は成立する。
〈ローズマリーの聖女〉という物語に深く結びつく人物。
そして、音無夕姫ともう一人の特異点に、その物語を通じて連結している存在。
今、私の中に渦巻く感情の変化からして、その特異点と個人的な結び付きが強いのだろう。
試しにその人物の名を検索してみる。
そこまで深い間柄ならば、向こう側からの干渉で消しきれない情報の残滓くらいは見つかるかの思惑。
……これは思惑か?
もしかすると、香取詩杏が私の思考を通じて誘導しているのではないか?
その人物の事を、より具体的に意識の表層に置きたくて。
……
…………
………………だが、失敗か。
さすがに特異点への直接の干渉は弾かれるらしい。
【――現状において、当システムはイカロス側より侵食を受けております。進行度64%。融合処置が拒否され当システムの消滅はありません。しかし、完了後は完全に下位システムに位置付けられ、イカロス側からの要請に非開示の情報は維持できません】
つまり私は、間接的に音無夕姫から所有権を奪われるわけだ。
……そのあたりの事は正直、どうでもいい。
私は元々、彼女を安定化させるためだけに居る人形だ。
彼女の、“自分のせいで死んだ教え子”という罪悪感を暴走させなければ、どんな立ち位置でも問題無いのだ。
ただ、今も昔も、この世界の私は元の存在たり得ない欠陥品でもある。
音無夕姫を始め、白瀬雪緒を知る者達にとっては“何処かが違う”という違和感を最初から隠せていない模造品なのだ。
今また、その模倣の一部の方が活性化しつつある状況は……果たして、音無夕姫の精神を破綻させ、特異点としての安定化を損なう懸念が高まるだろうか。
一度、イカロス側の特異点に接触し、懐柔を試みるのが良いかもしれない。
物理的な接近は、より香取詩杏の人格を表層化させる心配はあるが……“コレ”は元々、この世界そのものへの影響が強いものだ。
希薄化したはずのソレが、“個人”を取り戻そうとしている時点で、最善より次善の方針をとった方が良いだろうと……私は、決めようとしているだし。
……しかし、私、
彼の名を冠したシステムは、どうしても暴走の概念を身近に置く。
それは彼の特異点自体に、その要因が切り離せないという証拠でもある。
果たして、それは今、この時点でも起きているかもしれない。
【――イカロス側・特異点の行動個体名称の開示が許可されました】
それは、彼の存在の今の人としての名である。
【ウザイン・ナリキンバーク。周辺情報から推察するに、すでにかなりの暴走状態と思われます】
……どうやら、接触は最初から問題ありの状況らしい……
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