57 ダンジョンアタック・レスキュー

「ウザイン……、助かったのは嬉しいが、正直、状況が突然すぎて素直に喜べん」

「あー先輩……そこはこちらも似たようなもんなんで。気にせんでください」


 そらダンジョンの壁にウサギが穴開けてショートカットとか。想定外もいいとこだろう。

 しかも向こうにしてみれば、突然壁から異音がし始めた上、下手に動かせないケガ人を庇いつつの状況でだ。

 当然のように最悪の未来を想像し、絶望してたとしても変じゃない。

 むしろ、これぞ神の思し召し的な脳天気でいたとしたら、そいつはパーティから外した方が長生きできる。絶対。


 ただ、そんな精神状態に染めちゃったかもしれない者が若干一名、向こうのパーティに湧いたっぽいが。



 ともあれ、状況を整理しよう。



 ブレイクン先輩のパーティ――


 リーダー(剣士)→ブレイクン・アーレス

 魔術士→メルビアス・ロゼッテンス

 斥候(3年学生)→デイビス

 支援魔術士(2年学生)→パトリシア・クロキッス

 弓遊撃(3年学生)→ゴードン


 ――は偶然ではあるが、俺たちとは別ルートの階層内地図を埋める調査探索をしていた。

 また並行して、彼等が行く方向に出ていた行方不明者の捜索任務も兼ねていた。

 それは一部成功する。

 行方不明者は全員死亡していて、その痕跡が発見できればという程度の予想は、生存者二名という望外の成果を示したからだ。

 ただ、運が悪かったと言うべきか、その元凶となった魔物に、先輩たちもまたケガ人を出させられ、袋小路の通路側へと追い込まれてしまったからだ。


「ただ不幸中の幸いとして、その魔物が番人タイプで深追いはしてこなかった……というわけですか」

「そうだな。しかしこちらは、メルビアスも含め回復要員が魔力切れで立ち往生だ。ケガ人の衰弱を遅らせる事が精一杯で、あと半日続いたら誰かは……」


 まぁ、“死亡したろう”とは言葉にしたくないだろうね。


 重体は一名、斥候役のデイビス先輩。腹を裂かれ動かすと中身が溢れそう。

 重傷はゴードン先輩。右腕を深く切られ、加えて骨折。

 残りは軽傷、しかし全身に打ち身に捻挫と放っといていい状態じゃない。

 一般人……(?)枠の魔術士は回復魔術を覚えたとしても本格的な治療は不得手で、大体は当人の自然治癒力を強化しての再生効果になる。

 それで傷は閉じても破壊された内臓や失った血の方は手付かずとなる場合も多く、今回もそれで治る気配が無かったというものだった。

 加えてMPの総量が低いってのもあったけど。


 現在は俺とリリィティア様が代わりに処置し、ヤバい部分は魔法の使用でこっそりと治してある。

 今は全員の衰弱からの回復待ちで、移動できるようになるまでの待機中となる。


 ちなみに、冒険者の行方不明者の方は純粋に体力低下での衰弱。

 およそ四日の絶食だったそうだから。

 死亡の四名のうち二名は、例の門番の魔物との戦闘現場に置き去りの後、痕跡消滅。

 生き残りと共に居て死んだ方は、装備を遺して死体自体は魔素の塵と化したそうだ。


 やっぱりダンジョン内で死ぬとそうなるんだね。

 目の前でその様子を見た連中には残酷な事だったが、伝え聞くだけの俺には、そんな程度の感想しか出ないわ。


 さて、捜索対象のうちの二名だが、飢えからくる衰弱は魔術や魔法でも即回復は難しい。

 脱水症状の緩和は最優先でやったが、それが逆に意識朦朧としてた者を安堵させたのか、今は気絶と昏睡の中間みたいな状態にしてるらしい。

 とりあえず、男女一名づつの生存者ということしか現状ははっきりしていない。


 で、これからの予定の話だ。


「さて、リリィティア様。これからの行動予定を聞いても?」

「そうですね。近いのは21階層の駐屯地ですが……あそこの戦闘状況が終わってるか否かで判断を変えたいですわ」

「……ですよねぇ」

「戦闘、ですか?」


 数時間前の事なんでブレイクン先輩は知らん情報らしい。

 “謎の理由”で起きた魔物の大移動で、21階層から22階層への階段付近は乱戦状態だったという事実を、やや意訳を交えて伝え、このまま向かっても良いかの判断に迷っていると話す。


 話たんだが……直ぐに胡乱な視線が俺に固定したんで、たぶん真実は察したようで。


「そもそもの話で聞くが、その戦闘での被害は放置してきたということか? ウザイン」

「な、何故名指しで聞きますかね? まぁ、優勢かそうでないかくらいは確認しましたよ。圧倒的に勝てるとは思えなくとも、負ける要素は無かったですね」

「……なら良いんだが……。リリィティア様、貴女の立場でしっかりコイツを指揮してほしかったです」

「……そうしたいのは同意ですわ。ですがブレイクン、あまり強権に出ようとすると……ガーネシアンが動きそうで無理なのです」

「むうっ、そうですか……」

「すいませんが、当事者の前でそういった裏工作の話は止めてくださいよ」

「こんなもの、裏工作と呼べるものじゃ無いですわ」

「ですな」


 全員が動けるまで時間があったせいか知らんが、暇な先輩らの愚痴の垂れ合いが止まらない。

 俺としてみりゃ、寄親ガーネシアンの話題は実家が妙に箝口令案件な感じなんで、いまだによく解らない偉い公爵様って程度なんだが……。

 むしろ〈ローズマリーの聖女〉の悪役の代名詞となるライオンレイズ公爵家の方が、その裏設定とか知ってたり。

 というか、うちの実家とガーネシアン公爵家との関係など、この世界に転生して初めて知ったものだったりする。


 裏設定というか未公開設定というか、王国の三大公爵ってネタは何処かで見たか聞いた記憶は……微かに覚えてはいるんだが。


 けどまぁ、その愚痴のお陰でよう知らん部分の実情の一端を少しは知れた。


 なんでも、現王家との直接の、唯一の血統を連ねるガーネシアン“王弟”公爵家は、何かと悪評が多い王宮王家とは別格の、貴族社会の表舞台に上げたくは無い勢力の筆頭らしい。

 他の勢力に属する貴族にとっては、自領に籠もりただ静かに眠っていて欲しい“赤竜”なのだとか。


 ……つまり、下手に今の王宮の実権を握られたら、他の勢力には大打撃ってくらいに有能という話だ。


 今の当主は一度は貴族の籍すら捨てて在野に下ったらしいのに、現王家が王国の実権を簒奪したあおりを受けて呼び戻され、しかも公爵位に収まった。

 その時点ではただ貶まされる立場だったが、続く不穏な時代を武力と知略で実質的に鎮圧。今じゃ現王家の裏の支配者とも呼ばれる不気味さなんだとか。


 ……なんだそれ。

 まさに悪の組織のボスみたいじゃないかー。

 ついでに言えば、いかにもウチの実家のボスに相応しいじゃないかー……


 というか、ラスボス令嬢のリリィティア様すら腫れ物に触るような扱いとか。

 どんだけヤバい寄親なんだ? ガーネシアン公爵家。



 その後も不穏な愚痴は妙に続き、やれ当時の敵対貴族が闇討ちで全滅させられたとか、その地に魔物の大氾濫を工作されたとかの……どこの暗殺テロ組織ですか? な話題がテンコ盛り。

 その中に、まるで悪のヒーローとばかりに暗躍する黒マスクの人物などもいて、それがガーネシアン公爵家の現当主の若き頃だ……などの噂もあったとか無かったとか。


 そんなバカな、と思いつつ。

 でもここが〈ローズマリーの聖女〉ならそんな設定つきの奴が一人くらい居ても普通かな……などとも思ってみたりな俺だった。



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