22 ダンジョンアタック・お試し (4)

 7階層から8階層への階段を下り、周囲の様子を確認する。

 ダンジョンは階層ごとに環境が変わるってのは聞いてるが、一桁台の浅層ではそう劇的な変化は無いとも聞いている。

 確かに、この二つの階層に違いはあまりない。通路のサイズや構造は同じだし。

 強いてその違いを言えば……通路の端々にある魔法の灯り的なやつの色違い?

 7階層は橙色の中に時折ミドリの火花が散る感じなのに対し、8階層は紅色と紫が斑になっている感じだ。灯りの色の違いでか通路自体の陰影も変化し、8階層は僅かに暗い印象が増したとも思える。


「……階層間を移動する空間はセーフティエリアと呼ばれ、あまり魔物は現われませ……ん。小休憩をとるには都合の良い場所…ですね。

 ただし、完全に安心とは言えません。皆、あまり気を弛めてはなりませんよっ」

「…………」×4


 リリィティア様の有り難いダンジョン講座である。

 であるのだが……最後の方、そんなキレかけた声音で言わんでも良いでしょうに。

 確かに、この道中の肩透かし感に新人全員、気が弛みそうで仕方が無いが。


 ちなみに、7階層踏破の行程には約40分をかけたが……魔物との遭遇はゼロである。


 おかしいなぁ、広げた探知の領域に時々は魔物の反応が擦るんだ。だが直ぐに探知外に移動されてしまう。

 せめて探知範囲に全身を晒してくれたなら魔物の種別もできそうなんだが、尻尾の先とか前足の一部とかの反応だけじゃさすかに無理だ。

 というか、これって――


「――向こうもこちらを探知し、何か組織的な行動をとっている?」

「何か掴みましたか、ウザイン?」


 おっと、つい独り言が。

 しかし聞かれてしまったなら仕方が無い。

 とりあえず、自分の探知内容から感じる推測を言ってみた。“魔物達は、こちらの行動に対応して動いている可能性”ってやつだ。


「普段は居ない25階層レベルの魔物なら……ありえる行動なのかしらね?」


 補足しとくが、7階層の移動中、探知内から居なくなった魔物の行方は未確認だ。探知外で潜伏し俺達をやり過ごしたのか、もしくは、先回りで階層を移動し8階層に行ったのかの確証は無い。

 なにしろ現物を一度も拝めて無いし。

 リリィティア様いわく、元から階層と関係無い強化がなされた魔物なのだから、ダンジョンの異変にあわせ発生したでもない限り、本来の階層から移動してきた可能性も皆無では無かろうというものだった。


「そういえば、今さら感がありますが、強化された魔物の種類は何なんですか?」

「ああ、そういえば説明してませんでしたわね――」


 本来の7階層の魔物は〈スカベンジャー〉と呼ばれるハイエナっぽい四足獣型。定番の〈ゴブリン〉。レアなものとしてゴブリン強化版の〈ホブゴブリン〉。

 確か〈ローズマリーの聖女〉に登場する魔物の設定だと……安物RPGに有りがちな元データをいじって同じ種族のバリエーションを増やすのだけは避けたとかな、開発スタッフの小さなプライドを醸すインタビューがあったと記憶している。

 具体的には、素のゴブリンに剣を持たせて〈ゴブリン・ソードマン〉的な。


 実際のとこ、そういった些細な変化はあったのだが表記は全て〈ゴブリン〉に統一。

 そして基本性能は変わらないが、武装によって戦闘スタイルだけは違うという……実に嫌らしい変化球が仕込まれていた。


 ……なんで乙女ゲームにそんな意地の悪いバトルプログラムを組むのかと。

 まぁ、今は関係無い余談なんで深掘りしないが。


 8階層も魔物は似たようなもので、ただし、ホブゴブリンの出現率が高くなるのだそう。

 このホブゴブリンは見た目は人と変わらない体格のやつで、青肌、一本角、三つ目の上に昆虫の複眼で到底ゴブリン種とは呼べない外見。

 しかし行動のタイプはまんまゴブリンらしいので、名前だけ上位種扱いというものらしい。


 ……なんとなく、パンダとレッサーパンダの違いを連想した俺は不謹慎なやつなんでしょうか?


 で、肝心の変化した内容は。

 基本的に出たのは、頭部が横並びに二つある巨大犬〈オルトロス〉。体格は普通に熊くらいあるらしい。

 俺のファンタジー知識だと三つ首のケルベロスの劣化版な感じで火を噴くかなと思ったが、こちらのは純粋に物理のみの魔物とのこと。

 ただし、最低でも三体が組んだ集団で襲ってくる。噛み付きに関しては六体分なので対応の忙しさで疲れる相手だそうで。

 次に多いのは〈ジャイアントリーチ〉。人サイズの巨大なヒル。壁面の高い位置に貼り付く形で穏行していて、頭上から突然押し潰しに来る。

 圧死というほどに威力は無いが、そのまま倒されると押し退けて逃げるには苦労するそうだ。またヒルなので、当然吸血攻撃もしてくる。不意うちからの吸血でそのまま倒れる被害は、例え前以て知っていても回避や対処が厳しいらしい。


 ……で、その様子を聞いて、人をダメにするピロークッションに埋もれて的な絵面を想像した俺はバカですか? いや自分でそう評価しちゃったんだけどな。

 誰にも共感を得られない想像だけども。

 ……いや、推定転生人のエルフ聖女ならワンチャン……

 いやいや、そんな共感が欲しいだけで迂闊な接触は避けるが。


 と、話を戻そう。


 確認された最後の一種は、人型の魔物で〈トロール〉。あの多少の外傷なら即座に再生して倒しにくいってやつ。

 亜種なら過去に見たし倒し……というより掃除した記憶のあるやつだ。

 リリィティア様の説明によると灰色の肌の無毛の巨人ということで、俺の知る印象とは随分と違う。

 弱点はこれもテンプレな火傷系の外傷。傷口の再生が止まるし、そこからの出血は弱体効果としてはたらくそうだ。ただしそれでも出血の衰弱死でしか倒せていない。現状、誰も致命傷を与え倒したという記録は残っていない強者枠とのことだった。


 ……昔々の……亜種の奴等を範囲魔法で一掃しました、とか言ったらどうなるんだろう。


 普段のリリィティア様なら余裕もって感心されてで終わるかもだが、このタイミングだと、なんかキレられるって想像がしてしょうが無い。


 まぁ、なんだ。

 亜種とデフォルトじゃ性能が違うのかも知れんわけだし、実際に対峙して結果が出てからの話にしよう。

 その方が誰にとっても良い感じだろう……たぶん。


 で、8階層の移動を開始だ。

 陣形は変わらず。ただし周辺の暗さが増したので〈ライト〉の魔法を魔術に偽装する何時もの手順で展開しといた。

 安定の移動ルートを行くので、途中に探知した罠なども関係無いなら報告はしない。


 ……そんなこんなで……約20分。


「さ、さぁて。随分と速く9階層に行けるようですな」

「………………」


 珍しく騎士のオッサンが場の空気を和ませたいかに言葉をつむぐ。

 というか、黙り込んで不機嫌さを隠さないリリィティア様には俺達じゃかける言葉が無いんですよ。


 本当に気まずい。

 というか、7階層とは違い魔物と遭遇はしたんだが……その時の反応がもう、変すぎてね。

 通路型とは言っても空間的には案外広いし、直線となるあたりはかなり遠目まで見通せるなんてこともある。端から端まで、だいたい30メートルとかはあったかな。

 俺の探知は10メートルから20メートルを通路の空間の変化にともない伸び縮みしてたので、その距離となると見えはしてても、探知外。

 そのせいか、向こうの魔物も俺達とは不意打ちで遭遇したような反応を返したのだ。

 ……そこから、後が酷かった。


 遭遇したのは二足歩行だったんで、たぶんトロール。

 天井に届くくらいの巨体だったからね。人サイズのホブゴブリンとは見違えようもない巨体だ。

 その巨体が俺達を見るや……跳ねた。

 素直にその様子を描写すると、背中から驚かされて“ひぃゃぁっ”とでも叫ぶ感じに。

 そして跳ねた拍子に天井に頭頂部がゴガン。体勢を大きく崩して尻餅スッテン。仰向けに倒れた後にブリッジで跳ねて、身体をうつ伏せにする同時にこっちを凝視。

 最後に、一瞬大きく、解りやすいくらい解る怯えの表情を浮かべた途端に盛大な匍匐前進で逃げ去ったという顛末。


 俺ら一同、あまりの奇態にただ呆然と見送るしか無いやつだったという……。


 ダメ押しは9階層への階段が見えた時か。

 先ほどのトロールが数体、ぽてんぼてんと湿った擬音つきで跳ねるジャイアントリーチが多数、その階段を使おうと大渋滞をかましていた。

 ……もう、露骨に遁走の有り様である。


 リリィティア様が頑張って力説していた危険がアブナイ精神は……霧散どころか全否定の大惨事だったよ。


 こっちが近づく程、大渋滞の必死さが増すという。リーチの数体なんかトロールに踏み潰されて哀れな水たまりと化してたし。

 何が原因かはさておき、ここの階層の魔物が俺達を恐れ逃げているのは事実として受け入れるしかない絵面。誰とも無しにその場で待機し、パニック映画で浅ましき仲間割れを晒しながらも必死に逃げる大群衆的な様相が収まるまでは待ったさ。

 さすがに、あれに追い打ちかけて楽に魔物退治とか思うほど鬼畜な思考はできなかったよ。


 けどまぁ、10数分それを見続けたリリィティア様は、おそらくその間、今さっきまで真剣な気持ちで皆にダンジョンの危険性を語る自身の様子を脳内で何度もリプレイしてたと思うわけで……。


 徐々に、非常に居たたまれない羞恥の赤面と化してくのが、オイタワシイ。


 そんなわけで、閑散とした8階層から我らが9階層に下りたのは、帰還予定の時刻まであと1時間を切った頃と、割とタイトな感じになってからなのであった。



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