23 ダンジョンアタック・お試し (5)

 9階層目。

 俺たち(一部を除く)は安堵していた。


 魔 物 が 居 る!


 それも、超密集状態たくさん

 おそらくは、7~8階層から大挙して逃げてきた、総勢三階層分の魔物どもだ。


「……9階層初出の魔物は、確認できたものでは〈ラストリザード〉。酸のブレスを噴く大蜥蜴です。もっとも、この状況で探すのは苦労するでしょうけど……」


 感情が死んだような口調での説明が怖いリリィティア様。

 魔物が居なくても不機嫌、居ても不機嫌ってのはさすがに理不尽と思う。

 ここはもう、素直に喜べばイイノニ。

 いや、自分でも同情するしかない状況だったけど。


「えーと、では予定どおりに戦い方のお手本を……」

「ウザイン、無理を言わないでください」

「えー」

「“えー”じゃありませんっ、あんな密集状態から適当な魔物を数体だけ間引くなんて無理に決まってるじゃありませんか!」


 ……そない逆ギレされても。

 いやまぁ、20メートルか先に通路を埋める形で魔物が密状態ってのは、確かに想定外の有り様なんだが。


 っと?


 押し合いへし合いな肉団子状況から弾き出されるホブゴブリンが一体。

 慌てて元の場所に戻ろうとするが無理な感じで、パニクった挙げ句こちらに駆けようとしていた。

 もう周囲の状況すら解らんくらいに逆上してそう。魔物なのに明らかに正気じゃないのが見て取れる。

 が、その行動は見事にこちらへの不意打ちとなる予感もある。

 俺はギリで気づいたが、皆がリリィティア様を気にかけてたせいで半分以上は注意散漫な感じなんだし。


“ぷいー” “パン!”


 間抜けな鳴き声と小さな破裂音。

 それと、仲間の身体の隙間を縫って飛び去る“何か”の衝撃波。


 次の瞬間、ホブゴブリンは頭を仰け反らせてその場でバク転する動きをみせて、そのまま床にビタンと無様な恰好で倒れた。

 頭部付近から広がる血溜まり。しかしそれも僅かな間で、ホブゴブリンはみるみる輪郭が崩れ、やがて魔素の塵と化して消え去った。


「遠隔攻撃? 狙撃、か?」


 俺の他に状況を追えたのは騎士のオッサンだけだったらしい。

 しかし彼の疑問は、肝心の攻撃者が誰か……いや“何か”だったかを解っていないものだった。

 俺も直には見てないよ。見てないけども、聞き覚えがあり過ぎるやつだったんで想像だけは直ぐにできたよ。

 視線をゆっくり、フラウシアの頭の上にやる。

 そこには彼女の頭頂部をすっかり自分の巣にしちまった、チャカが居る。


「ぷい!」


“どやぁ”とでも訳せばな鳴き声とドヤ顔態度のチャカである。

 さっきの狙撃はコイツが額の角を飛ばして殺ったのは明白すぎて……頭痛がイタイ。


 ちなみに、突然頭の上でピストルを撃ったような衝撃を食らうことになったフラウ自身は見事に脳震盪のうしんとうでも起こしたのか、しばし目が宙を泳いだかの表情の後に、膝が崩れてその場にペタンと座り込む。

 そのまま上体を倒して床に頭突きをかまされてはたまらんので、俺が慌てて近寄り、彼女の肩を支えたのは言うまでも無い。

 ついでに、迂闊な行為でフラウに間接的なダメージをやったチャカにはデコピンだ。

“ぷぴー”と鳴いて無様に転がるが、当然の折檻である。


 床に転がったチャカにはまたこっちへと逆走してくる魔物が居たら迎撃しろと意識で伝え、俺はそのままフラウの介護。

 明確な怪我ではなく三半規管が麻痺っただけなので直ぐ回復はするだろうが、いわゆる“車酔い”も状態異常の範疇かもしれんので、その手の回復魔法は処置しておく。


 ああ、そういや頭が揺れて耳石じせきの収まりが悪くなっても目眩なんかの持病持ちになるか……と、そちらを治す意識も加える。


 耳石とは頭部の中にある天然のジャイロ機構で、大雑把に言えば頭部の中の丸い空洞に小さな石が転がっているようなもの。この石が接触している部分が“下”であり、人の感じる平衡感覚の起点になる。

 ただしこの空洞や耳石の形は個人差もあり、激しい動きは時に耳石を“横”の位置に固定してしまうこともある。そうなった者は、自分の感じる平衡感覚と見た風景からのズレに混乱し、“自分は斜め45度に傾いて直立している”的な錯覚におちいり目眩という症状になって立っていられなくなるのだ。

 地球の知識だと、この症例が出やすいのが更年期障害の時期と重なる事から誤診されることもしばしば。要らん投薬で返って身体を壊すなんてこともあったらしい。


 こちらの世界じゃ、そういった概念も無く力業な魔術治療で治せるんだからなぁ。

“雑っ”と言いたいが便利なので文句も言いにくい。


 ともあれ、処置の効果が出たのかフラウは直ぐに意識を覚醒させる。

 俺に介抱されてる絵面に驚いたようだが、簡単に説明しチャカが魔物を狙撃してる様を見せたら状況は理解したらしい。


 その流れの途中で……25階層レベルの魔物相手のチャカの無双っぷりを、瞳のハイライトを消して見つめるリリィティア様なんかも確認したが……そこは今は置いとこう。

 ふと視線を感じたら、ずっと無言のまま何か言いたげなメイドと見つめ合う事にもなったが……今は無視。


 だってほら、俺も知らんことだったし。

 いくら使い魔が俺の管轄とはいえ、俺もチャカの性能全部を把握してたわけじゃないんだしぃ。


 確か小動物サイズの脳は、感情含め人間平均で4歳児程度の知能は備える……とかの前世知識もあるのだからして、“小っちゃい子のお手伝い感覚”でこれくらいはするのも仕方が無いんだと主張したい。

 したらしたで、また別の問題をかかえる発言だからしないけどっ。


 ……それ故に、使い魔の行動は全部俺の指示と誤解される部分に一切弁解ではない理不尽に正直、泣きたいんだが。



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