06 閑話:胃痛の人

 ここ最近、私は胃痛に悩まされている。

 貴族の闇を抱える学生は元から個性的すぎるきらいはあるが、その頂点となる生徒会長が全てをまとめ、従える役目ならそれも仕方が無い心労なのだろうか?

 ……いや、少なくとも去年はもっと平和だった。馬鹿な学生は多いが、それも学生の範疇を越えない可愛いものだったのだから。


 やはり、原因は今年の新入生達に由来する。

 より詳しく言うならば、“一部”の新入生、数人の奇抜すぎる行動が。


 まずは神殿関係からのゴリ押しで受け入れた聖女候補たち。

 実質、貴族のしがらみである程度コントロールできる学生たちなのに、それを一切無視できる立場なのが厄介すぎる。

 神官出身者は平民より下位になる村人や難民、棄民である事が多い。貴族家から出る者も確かに居るがほんの少数。神殿では神官としての能力で地位が決まるのだから、無能の少数派は派閥も意味の無い扱いになる。つまり、戒律が紐付く規律を除けば、結果的に庶民の感性がその神殿の大勢派となるわけだ。

 聖女候補の大半はその感性で動くものだから、学生内での衝突は深く静かに深刻化してきていた。


 いっそ、そういった衝突の起きない平民達を相手に動いてくれるなら問題は無いのだが。

 何故か、積極的に一部の貴族へと接触しようとしてるのが気にかかる。


「ヒースクラフト様、御具合はよくないのでしたら少し休まれては?」


 ここは生徒会の執務室。

 私の他にも役員が数人、その補佐役も含め20名近くの者が詰めている。

 私の体調を気遣う役目も、本来は実家から連れてきた補佐が担当することだ。


「……いや、少し寝不足気味で気疲れと胃に違和感があるだけだ。君は自分の執務を頼む」


 そう、会計として参加する学生役員が務めることではない。

 メイウィンド・西の森ゼフォレスト

〈水竜神パリヒ〉神殿の聖女候補でもある生徒会役員。

 しかも王都では珍しい亜妖精人。さらに西の森の家名を持つ亜妖精人ともなれば、それはコッパー王家と古の盟約を結び、王都西域の大森林とパーリィラ大河を守護する妖精秘国の血縁を意味する。

 王国からしてみれば王太子たる自分よりも重要度の高い人物だ。それこそ私の側に居座り世話を焼こうとするような、少々の非常識な横暴をふるえるくらいには。


 これが妖精秘国の密命で動いているのか、もしくは亜妖精人であるからの感性なのか、その判断が付かないのだから対応に困る。

 なんて理不尽。


 ……そういえば、もう一人の聖女候補も似たような理不尽さを備えていたな。


 ツララ・ミヤモリ・フジフォンテ。

〈伝承神ノベル〉神殿の聖女候補。そして東方域暗黒諸島群出身の小王姫。こちらでは名も伝わらない小国らしいが、世界樹由来の稀少な素材を産出する重要さから迂闊な対応はしないようにと厳命されている。

 むしろ国名が隠されているのも意図的だろう。貴重な素材はどの国も欲するものだ。国名が知れれば、どのような形でも伝手を結ぼうとする輩が増える。

 だが怖いのは、そんな単純な対応で事が成立しているという事実だ。裏でどんな工作をすれば可能なのか? 知りたくもあるが、おそらく知ったら後戻りのできない立場になるのだろうと確信できる。


 彼女もメイウィンドと似たような無茶を通し、学院の図書館に入り浸っている。一応は図書委員として司書見習いのような役職になっているが、その義務の時間も含め自由になる時間の全てを個人的な読書に割いているらしい。

 案外に激務らしい司書の業務を一人欠く環境では、当然のように他の司書への負担となる。その文句は本人には届かず、責任者であるマルドゥーク・マーリニスに行く。

 そして彼も王宮から悪い対応をしないよう命じられているせいか、唯一愚痴を言える相手として、私を責める。


 これで胃が無事なら、私はどんなに馬鹿なのかと自慢できるな。

 もしかしたら、その鈍感さが将来立派な王になるための試練なのかもとも思うが。


 唯一、私にとって有益な情報としては、そんな彼女等を管理できる人材が現われた事だろうか。

 ニルフォクス公爵家の令嬢、ルミナエラ。

 どのような出会いで聖女二人と知己になったのか、彼女はメイウィンドとツララの友人として、また彼女等の起こす面倒事を積極的にフォローもしている。

 私が矢面に立つと面倒が増えがちな案件をそれとなく解決してくれている現状、非常に助かる存在だ。

 現王家と国政より一線を置きつつも、何故か権勢を失わないニルフォクス公爵家の不気味さがなければ頼りにしたいものなのだが……、ルミナエラ、よく考えてみれば彼女の正体の知れなさも、この国の貴族の面倒さの一面なのかもと思う。


「ヒースクラフト様、では少し体調を整える薬茶を用意いたします。エルフの地に伝わるもので効能は確かですわ」

「薬茶……、ああ、先日も貰ったあれかい?」


 異文化の産物なためか、茶と言いつつも不気味な液体だった。

 あの薄く光る青さはどんな茶葉なら出せる色彩なのか……。

 ただ、肩凝りが治ると聞いたとおり効果が飲んだその場で発揮したのは凄かった。……ただ、飲んだ次の日は……見る女性見る女性に熱く魅力を感じ、思わず理性が飛びがちになりそうで非常に困ったが。


「あれとはまた別の効能でございますよ。凝縮したカフェイ……いえエルフ秘伝の目覚ましの葉のお茶なので、一口でも飲めば三日は眠らずとも平気になりますもの」

「それは……私が飲んでも大丈夫なのかな?」


 暗に妖精人専用の麻薬じゃないのかと問いたいが、そう直球で聞くのが憚れるのがこのメイウィンド。本当に悩ましい。


「別に飲む事で何かを代償として失うような危険物ではないですよ。エルフの生活の知恵のようなものですし。でも念のため、わたしがお側で待機しましょう。少しでも異常がでるようなら解毒の茶を煎じますわ」

「解毒……かい」


 つまり何らかの毒性はあるということか!

 ああっ、本当にこの女をこの部屋から蹴り出したい!


 しかし私に選択肢は無い。

 外見は平静なまま、内心は毒殺に震えつつメイウィンドの薬茶を飲むしか、今の私の道は無い。


 ……果たして。


「ん? ……むむ、これは」

「御目を覚まされましたか?」

「ああ、これは凄い」


 霞がかかったような意識が晴れて、腹部の違和感も綺麗に消えた。

 今まで悩んでいた問題も、まるで気にならない。

 どうしてそんな些事に心を痛めてたのかが不思議だ。

 いいじゃないか、聖女達の可愛い悪戯など。あんなもの、貴族の令嬢達の悪辣で陰湿な日常に比べれば本当に些細なものだ。

 本当に、何を無駄に悩んでたんだか。

 本当に……、うむ、今日も仕事に頑張ろうか。

 うむ、うむっ。


「うふふふ。気が晴れたようでメイウィンドも嬉しいですわ、ヒースクラフト様」


 私は生徒会長の業務を再開した。隣にメイウィンドが当然のように控えている部分にはいまだ違和感があるものの、それは今気にする事ではないだろう。

 そうだな、業務に支障が出るようなら、そっとルミナエラ令嬢に話を振って対処してもらおう。

 それが一番、無難で安全な解決策だ。……たぶん。



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