04 ローズマリーの聖女、を知る者

 トリシア魔導学院、中間試験日初日。

 実技試験期間三日間の初日は午前中をもって中断。暫定四日間の順延後に再開の予定になっている。ただし、初級範囲の試験に関しては通常どおり“異変から影響の無い”場所にて行う。

 これは万が一の場合、技能的に未熟な学生は、寄り強固な防衛魔術を施してある校舎内へと置くための非公開工作となる。

 原因となる事象の情報に秘匿性が高いための方便だ。学生の半数以上は自国、または他国の未来の重要人物になる予定なのだし、粛正対象にはしたくない。

 そういった学院側やら他の関係筋の大人の事情が働いて、なんとも曖昧な緊急対応の形に落ち着いた。

 それでも、その決定が僅か数時間で出たという部分だけは良い結果だったろう。下手をすれば何日、何十日と保留されそうな問題でもあったのだから。


「……本当に、変なとこで生臭い現実っぽさを感じます」


 学内に存在するダンジョンから脅威反応を検知との第一報が出て数分後。高位貴族の大半は本校舎地下講堂へと避難していた。

 ただし、避難とはいってもそのまま隔離という扱いではない。この講堂は学内において起きた重要事態への指揮所であり、最精鋭の部隊を組み、出動させる場所になる。

 高位貴族の殆どは高い魔力を有した種族的な優良種であり、それを訓練で研ぎ上げた戦士でもある。コッパー王国は永い平穏で腐敗の目立つ貴族も多いが、それでも危機には率先し最前線へと立つよう教育された、高貴な血統の精神の継承者というわけだ。


 ニルフォクス公爵家第三子、ルミナエラ・ニルフォクスもこの世界に生まれ直し、この年まで育つ過程でそう厳しく仕込まれた。

 将来的に国家存亡の危機が連発する、退廃的で不穏な国家の頂点に近い権力の家訓として厳しすぎるものとしか感じない。せっかく贅を凝らした暮らしができると期待したのに、物心ついてこの世界の現実を知ったと共にその期待は霧散した。

 ニルフォクス公爵家はコッパー王国の暗部の頂点でも言えば良いのか、貴族位を持ちつつもそれに固執した意識が無い。例えるならば公安。もしくは腐っていない筋金入りの官僚。

 前世はしがない教育実習生だった記憶が強いルミナエラ……いや音無夕姫だった女には縁遠い感性の世界である。


 あの日、ルミナエラ・ニルフォクスの“SSRの沼”からようやっと解放されたと思えば……この現実。ガチャ破産の危機に怯える日常とサヨナラと思えば、何処の秘密結社の育成機関なのと問いたくなるような非日常。

 もしもその活動の一環で、かつての友人のような教え子たちの存在を知らなかったとしたら確実に戦闘機械のようになる洗脳に屈していたろう。

 音無夕姫とはその程度の女なのだ。身の回りの流行には何となく流される。目の前の誘惑には勝てた試しが無い。将来へと繋がる厳しい苦労への根気は続かず、ゲームのレアドロプレイなどの、どーでもいい根気は何時までも続くダメニンゲン。

〈ローズマリーの聖女〉の高性能聖女、ルミナエラSSRとは真逆すぎる前世である。


 夕姫――ルミナエラがこの世界を〈ローズマリーの聖女〉だと認識したのは自分の名を自覚した生後三ヶ月目。その自覚が確信となったのは、二歳になり自分で動き回れるようになってからだった。


〈ローズマリーの聖女〉、正確には〈ローズマリーの聖女・ソーシャルコングリまっちゃんケイオス〉。コンシューマ系ゲームとして話題になり、それがスマホ用のアプリ版になったものをいう。

 アプリ化に伴い、元のゲーム性の大半が消滅したのは通常運転。他のアプリにも利用される既存のゲームシステム群に大変更され、シナリオもガチャ販促が優先の原形が怪しくなるほどに改変された。

 その最たる部分は主人公である聖女の扱いだろう。物語で変化する個性を複数の聖女へと分割し、キャラ化した。六属性に大別されて、さらに性能別でランク分けもされた。ノーマルレアSRスーパーレアなど、ありふれ過ぎた展開である。

 聖女の入手はガチャ、当たり絵師やハズレ絵師などの悪習慣も継承し、沼に填めた利用者にリアルの悲鳴もあげさせる。


 ……攻略対象に特攻つきの聖女とか、よく解らない性能になってた。

 恋の狩人とかもう聖女と関係無くないと何度も思いつつ、沼に囚われていた頃には全く思わなかった事をルミナエラは意識していた。



 最初に感じた違和感は何だったろう。

 ……そう、王太子ヒースクラフトに特攻を持つはずのルミナエラに、一向に婚約の話が来ないものだった。そのうちにライオンレイズ公爵家の令嬢へと婚約は流れ、現状ではルミナエラへのトゥルーエンドの可能性もなくなった。


 ……いや、そもそも“まだシナリオ完結のバージョンが配信されていない”のだから可能性云々を言うのがおかしいのだ。


 ソシャゲの悪癖というか、明確なエンディングも無く、人気の終わりがゲームの終焉というのが、その世界を現実として生きるルミナエラの精神を攻める。


 この世界は自分の知る物語の世界ではあるが、おそらくは何か、自分の知らない別のシナリオが配信されたものなのでは、と。


 自分も含め、あの日死んだ五人のうち三人が聖女の姿で転生した。

 ならば残る二人も聖女の可能性は高いと思う。

 しかし、六大神の聖女は六人。

 残る三つのうち、二人は何処に?

 そして開いた一つは……ただ関係無い“誰か”であるのか?


 なまじ自分の家が調査機関の最前線であるが故に、そこにも秘密の行動では邪魔が多すぎて調べが届かない。

 それが本当にもどかしい。

 自分の捨てられない貴族としての立場が神殿への深入りを阻害するのも邪魔。

 動きにくい状況の改善も無く、手遅れのまま回りの事態が進むのが悔しい。


 闇の魔神のシーズンイベントなんて、本当なら育成も中盤になり、夏休みも終わって二学期の始めからの予定だったはずなのに。


 学生の間から漏れ聞こえる噂だと、原因は一学生の暴走などと伝わって来るが……その肝心の詳細な情報が無いから信じていいものか悩ましいし。

 学内では自勢力の諜報を思うように展開できないのが厳しい。

 そして自分は、この後に予定されるダンジョン調査のメンバーに決まっているため、身動きし辛いのも辛い。


 何もかもが足枷となった状況が本当に、本当に苛立つ。


 それでも、周囲の人波の中から現われた教え子……今は友人である見知った顔を確認できたことで、ルミナエラの心は少しばかりは静まった。

 もっとも、この後にもたらされた小さな事実が、その意識を再び高ぶらす事にはなるのだが。



 その後のダンジョン調査の一幕で。

 極一部の高位貴族の学生が周囲に剣呑な空気を放ちつつ無双する様子が……静かな話題となる。

 初日の数時間にて15階層まで下りた挙げ句に、ほぼ単身で階層ボスを撃破し帰還した。

 帰還理由は定かではないが、彼女一人が抜けただけでその後の調査継続が厳しいと判断されたのは残念な事実である。






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※次回より三章

ちょっい書き溜めしてから再開しますぅぅぅ。




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