03 吠える方々 (3)

「何なのなんなのっ、なんなのーっ、アイツー!」


 トリシア魔導学院、その校舎の一角にて少女が吠えていた。

 着ている制服の真新しさから、その少女が今年の新入生であろうとは誰でも想像できたろう。

 しかし入学資格の14には到底見えない低身長と幼い体格、緑の光沢を放つ黒髪。顔の半分を占める眼鏡の印象から正確な年齢を断言できる者は少ないと思われる。

 もしも、ふわりと膨らみがちなボブの髪から除く、やや先端が尖り気味の長耳までを確認できたなら、もう少しその印象は変わるのかもしれないが。


 少女はその制服が示すように新入生。それも意匠のアレンジを主張できる貴族に属した学生である。改造具合が質素なところから下位貴族なのは確かだが、ではどの程度の爵位なのかの判別はあまり付きづらいものとしか呼べなかった。

 ただし、全体のデザインに対し、スカートの丈を限界近くまでたくし上げ、生足を惜しげも無く晒す。その割に、まるで娼婦が如くガーターベルトで釣ったハイラインの黒のストッキングで脚の肌の露出はほとんど隠し、“絶対領域”のみを演出するデザインは非常に目立つ。

 そして、ある意味そういったものを日常的に知るものならば、おのずと彼女の出自を想像できるのでは……という特徴を示していた。


「なんでっ、あの雑魚貴族のクズ野郎が学院でデカい顔してんのよぉぉぉっ!」


 雑魚クズ貴族。少女の知るウザイン・ナリキンバークとは、聖女“たち”の前に現われては自爆じみた醜態を晒し、悪い貴族の見本を印象づける存在のはずだった。

 特に今回の中間試験では、リズムゲームっぽい魔術の実技をことごとく失敗して主人公である聖女にタイミングをレクチャー、さらに“聖女の行動値の上限を上げて、この世界での活動をしやすくしてくれる”役回りだったはずなのだ。


「それがっ、なんか知らないうちにブレイクンと親密な感じで一緒してるし、後を付けてけばリリィティアとか出てくるし。オマケにシーズンイベントのレイドボスっぽいのとか湧かせてるし……。もうワケワカンナイ」

「……アタシに言わせると、君もよく解んないことばかり言ってますよ。メイウィンド」

「それブーメランだから。メイから言わせると雪緒ユッキーの記憶飛んでるのとかが信じらんない。ねぇ、まだ思い出してないの、前世?」

「前世ねえ……、闇魔術の転生術でリッチー化とかした記憶は無いわ。そもそもアタシ、生きてるし」

「だからそういった化け物になる転生のじゃないって、何度も何度もなんども言ってるのにぃぃぃぃっ」


 言動全てがヒステリックに染まる黒髪の亜妖精人ハーフエルフの眼鏡少女、メイウィンド。

“ユッキー”と呼ばれた少女はメイウィンドとは対照的に完全な白髪を腰まで伸ばした長髪の人並みな身長の少女。人種は辺境扱いの東南諸島群出身と思われる、全体的に褐色肌で、メリハリ無くノッペリとした容貌ではあるが、綺麗という印象には繋がっている。

 こちらは平民仕様の改造無しの制服なのだが、まるで盾のごとく巨大で分厚い事典を抱えているため目立つ意味では大差が無い。


「……メイウィンド。貴女が身を隠すというからここまで引き摺られ……付いて来ましたが、隠れる気が無いならアタシは図書館に戻ります、よ」

「今日は試験日で閉鎖中でしょ!」

「図書委員は例外です。それに館長からの許可証もあります」

「なんでっ、しれっとマルドゥークとフラグ立ててんのよっ、アンタは!」

「図書委員になるには彼に許可を取るのは当然でしょう。バカなんですか、メイウィンド」

「ユッキーのっ、そーぉぉいうーとこだけっ、前世っぽいのが腹立つーーーーっ!」

「……ふう。あと何度も言いますが、アタシはユッキーでもユキオでもありません。ツララ・ミヤモリ・フジフォンテです。同じ聖女候補のよしみで友人になりましたが、いい加減変な名で呼ばれ続けるなら絶縁しますよ」

「っ! 解った。解ったから。ちゃんとツララって呼ぶから一緒に居てよ。ううう、前世の親友が冷たいよ、ツララでも雪緒でも冷たいけど。性格はまんま前世なんですけどっ」


 よくよく見れば、彼女達の首には似た意匠の金属環型の装飾具が嵌まっている。見る者が見れば、メイウィンドのものは〈水竜神パリヒ〉神殿、ツララのものは〈伝承神ノベル〉神殿のものと解るだろう。


「それにしてもー、そもそもー、あーもう、ワケワカンナイ。ホントどーしよー……」

「……メイウィンド。君が理解できない状況ならばアタシは戦力外ですよ。図書館に帰っていいですか?」

「ユッ……ツララはそれしか言えないの、バカなの?」

「状況を客観的に見てるだけなので心外ですよ。バカは君です。それに、こんな事態なら頼れるのはもう決まっていますよ」

「オトメ先生……かぁ」

「〈天光神ジエム〉様の聖女、ルミナエラ様ですね。もしくはニルフォクス公爵家御令嬢。彼女ならば君が頼れる資格があるのでしょう?」

「資格も何も、先生がいなきゃ全然無理なんだけどね」

「では、こうして無駄話をするのも終わりですね。行きましょうか」

「ちょっと雪緒さぁん、っじゃなくて、ツララさぁん。先生の居場所なんてメイ知らないしーぃぃっ」

「例の騒ぎで高位貴族は専用の避難エリアに集められてますよ。そこに行けば最低でも足取りくらいは聞けますよ。本当にバカなんですね、メイウィンドは」

「うわぁぁんっ、ユッキーが鬼厳しいぃぃぃっ!」


 そうして人気の無い場所から数歩動いただけで途端に周囲の喧噪が賑やかになる。

 それは、この二人のどちらかが高度な遮音結界を敷いていたのに他ならない。

 つい今までも姦しいやり取りも一切止めて、二人の聖女候補は学生の中に埋没し、やがてその行方を追えなくなるのである。



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