15 交換条件
本日は学生モードだ。
何だかんだであれから二日、学院は休んだんだよ。
支店の改装を兄上と詰めたら、うっかり貴族用廉価版の瓶を作る設備をポンと忘れてたし。
上位貴族用の瓶は数が少ないのも売りなので、作成数がバレても良い方針で堂々と外注していた。だが捌かす数も有耶無耶にしたい下位貴族用は、同じ手法は無理というか、自家製造内で完結させんとダメな案件だったのですよ。
「……発電設備を置こうって考えたのは不幸中の幸いだったな」
ガラス用の溶解炉は電気炉が望ましい。やたらと高温を維持せんとだし、そのくせ作業場の空気は綺麗な方がガラスの変質にも優しい。
ガラスその物を加工可能な魔術士でも居たら要らん話なんだが、たぶん新規のガラス工芸職人を探すより難しい。実質どっちの人材も絶望的。俺が瓶作りを担当? これ以上仕事を増やせるかいっ!
手頃な高級感と安物感を同居させるという面倒な要求の解決に、型押し吹きガラスを選んだよ。これは大量生産のワイン瓶なんかで広まってたから職人も一定数集まる。飼い殺せる対象の選択は兄上に任せた。なんせ出荷数が極秘だからね。少なくとも雇ったら二年は隔離だよ。家族持ちは対象外にしないとな。さすがに哀れだ。
地球でのガラス工芸の歴史に比べりゃ緩いと思うが、そこまで再現する必要は無いと思う。たぶんな。
そういった部分もあり、今度は間取り設計だけでも兄上経由の専門家に任せている。何処まで情報公開しての話かもお任せだ。
完了までの時期は未定だが、これで一応、先輩方への義理は果たしたと言って良い。後は、先輩方のほうが俺の要求をこなしたかの話だな。
彼等に神珠液を譲る条件にした要望。それはこの学院に居る聖女の集められるだけの情報だ。あの時点じゃライレーネ・ステンドラ以外のネタも知らんかったし。世間話の噂に出ても変じゃない情報が一切無かったってのが大変そうって思ったんだ。
念のため、あれからうちのメイド隊にも動いてもらったが……やっぱ確認が取れたのは身バレ済みのライレーネだけだったしな。
脳筋家系のブレイクン先輩には期待してないが、実家が現役の摂政やってるメルビアス先輩には期待している。うちの実家同様に、地元の神殿勢力とはそれなりの情報交換とかしてるだろうし。
そうしてさらに二日。意外や平和な授業を過ごし、とうとう先方からの連絡が届く。
学院での接触かと思ったら別邸の方に来たよ。執事服を着た青年侍従。下っ端の使い走りに見せかけてるが、目の前にいても気配の薄さがね。
いや下っ端なのは確かかな。対面して正体が知れる態度は三流さんだよ。
「暗部が来たってことは正式な訪問や召喚じゃないんだよな?」
「っ!」
「いや驚かんでも。そこまで正体バレバレな態度とか、逆にフェイクかもって聞いたんだし」
「あ……いえ。主人からは届ける物が極秘故に人目を避けろと」
「主人か。それはメルビアス様を指してか?」
「はい」
「そうか」
……まぁー、主人も部下も次代育成中って感じなんかなー……。
これが機密情報を扱う者達の意識の常識なのか、単純に程度が低いだけなのか。俺の判断基準は地球のスパイものの影響受けてるから決めにくいな。
ただこれだけは確実。この別邸は敷地外に多数の諜報員に群がられている。ああ、支店も同様に。なので防犯設備はえげつないくらいに配置してある。入れはするが出れると思うなって感じにな。実家の実験動物はこっちに持って来れなかったからなー。王都は王都で新規調達しようと、そんな仕様にしてるのだ。
元から存在しない対象なら、物理的に存在しなくなっても何処からも文句は無いでしょう?
残念侍従が届けたのは一通の封書。葉書よりやや大きめで綴じに印押し封蝋がされた、如何にも貴族が使うものです的なやつ。
「おお、なんか懐かしい演出のやつキタ」
封書の封を剥がすと勝手に開き、中の書類が明らかに許容量を超えて出てくる。
ファンタジー定番の無限収納を思わせる感じだが、実は〈ローズマリーの聖女〉でテキストデータを閲覧する時の定番な演出だったりする。
文通イベントとか、ゲーム内データの資料確認とか。書かれた文書量にあわせ画面内でページを捲る風に、無限の書面があるような画面演出というやつである。
収納アイテムではなく魔道具経由の魔術扱いなんだよな。書いた書面を封書型の結界で覆い、指定した人物しか開封できないようにしている。高位貴族なら所持率の高いもので、逆に下位貴族で持ってるのは稀らしい。
まぁ、学院内じゃ攻略の進捗変化毎に聖女へと恋人候補がラブレターモドキを送ってくるんだがな。
文面はゲーム演出と解っていても砂糖を吐きたくなるくらいにキツいから読み飛ばした。最後のページに興醒め満載の攻略数値一覧があるので、それさえ確認すりゃ良いだけの存在なのだし。
で、さすがに今回は脳の膿んだ文面は無い。
だって内容は、俺が要求した聖女関係の報告書だし。
一枚あたりA4のレポート用紙大に拡大した書面を確認していく。中味は普通に手書きのものなので、ちょいと読み進めるのに書き手の癖が解るまでは慣れが要るな。
「……む。ううん、さすがは神殿関係者……なのかね」
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