13 実家ハザード対応

 二人目の聖女候補、ライレーネ・ステンドラとの邂逅後に俺はボルタル兄上との面会予定を組んだ。

 俺とフラウシアは王都に置いた別邸暮らし。この別邸は同時にボルタル兄上の自宅という扱いでもあるんだが、入学準備期間に敷地内に別棟を建てての生活なんで、実質別の家で暮らしてるみたいなもんなのだ。

 王都のような限られた土地に邸宅を幾つも建てれる土地持ちとか子爵でどうよって感じだが、そのあたりは成金がものを言った成果らしい。実際は侯爵か伯爵が使うような土地のようで、時代によっちゃ王族が足を運ぶ事もあったようで豪華仕様なんだ奏すよ、奥さん。スゴイデスネー。


 要するに、過去そんな家格の家も落ちぶれたって証拠なんだけどね。


 で、俺の感覚でいうと別宅の敷地は上野の博物館区画なみの広さなので、小規模の邸宅なんぞ建て売り住宅地規模で建てられると言うわけだ。

 親父様が土地を買った時点で着いてきた築数百年規模の本宅は兄上が使い、徒歩10分くらい離れた場所に新築したのは俺が使う。もう完全な別の家だよね。


 そんなわけで各自用事の把握はし辛い状況なので、いちいちアポを取らんと家族の出会いも難しいという現実。

 現実離れ感が半端ないけど現実。

 と言うか、兄上は格別かなあ。この世界じゃ実に珍しい、現代風の仕事人間だし。

 もしくは生粋のワーカホリック? “仕事と私、どっちが大事”的なプライベートを欠片も持ちたくないと婚活全否定。家督も放棄し親父第一の配下的な立場が楽と公言している。

 ……そのせいで、俺が自動的に跡取り扱いになってんだがな。

 ついでに言えばアポ取る理由もメインはこっちだ。下手すりゃ知らん間に別の国へ交易に行ってたりするので油断がならない。むしろこの三年、俺がこっちに来たせいで行動が悪化すらしてるらしい。


 何時の間にか、兄貴の秘書から社長代行的な扱いをされてて愕然としてみたり。

 学院入りする前までは済し崩しに対応してたが、登校前に“本日の商談予定は”的なスケジュールを組もうとするのは勘弁してつかーさい。

 俺は勉学に勤しむ学生です。


 今回のアポは幸運にも直ぐ通り、翌日には対面できた。

 話す内容は〈神珠液〉関連で、数字面での損得勘定より感情面の重要性が高そうな事の報告だ。兄上の場合、報告書だと帳面の内容だけで判断しそうな気がしたので口頭で伝えた方が安心する。俺より遙かに貴族の闇と接してるはずなんだけど、やっぱり嫁無しで貴族女なんかの接点は少ないせいで、そっち関係の危険性には疎い気がするんだ。


「失礼な。俺だって最低限の付き合いはしてるぞ」

「じゃあ、会食なんかでの出会いでは?」

「先方の醜聞にならんよう、適切な時間の範疇で……」

「向こうは“ソレ”が目的だろーがよーっ」


 自分でいうのも何だが、うちは成金が売りの貴族なのだ。必然、接触してくる貴族女は既成事実で効率良く金せびりしたいのが本心だろう。

 家の内情に詳しく無きゃ、まだまだ兄上が跡取り候補と見られても変じゃないんだからさー。


 実のところ、王都に上京する前は兄上とは年に数度会う程度でしか人物像を知らんかった。

 まさか、ここまで仕事バカで異性関係は童貞オトメンさんだったなんて。


 因みに、兄の外見は俺が順当に年取った風のヤセ男である。美男子じゃないし、凡庸でも無いよな。第一印象、セコそう。語尾に“ヤンス”とか言いそう。

 そういった残念組なんだから、本人が積極的に行かんと彼女も嫁も買わないとダメな将来しか無いのは確実。

 ……ああ、いや。

 だから生活を仕事に全振りしてんのかなー。


「ともかく、品薄過ぎてキレそうな貴族が多くて俺の学院生活がカツアゲ三昧になりかねなくて」

「ふーむ。王家側の供給任せが上手く行ってないってことか。しかし、供給量の制限はお前の偽装って面がメインなんだろう?」

「当初はうちが各貴族へ配分するから管理できると踏んでたんだよね」

「ああ、やっぱり王家の横槍が問題か。でもなぁ」

「仕方無いんで、見た目の小細工で誤魔化したいかなーと」

「小細工……かい?」


 神珠液は中味を製造した後に瓶詰めして製品としている。

 一般販売は豊穣神殿でも扱う都合上、神殿側が用意する瓶を元デザインにうちが大量生産した形になっている。

 ただし、貴族用は別制作だ。中味も高品質だが、外見も美術工芸品な感じの瓶にして高級感を演出した。極論瓶代だけで中味の30倍以上コストがかかる。


「この瓶を少し安っぽくして、王家以外の貴族用って感じに誤魔化せないかなってね」

「ああ、中味は同じだけど、効果も低いと思わせようとか」


 本当は逆の用途で使う手段なんだけどな。でも現状だと大量生産が効くのは高品質の方なんだ。俺が作るから。むしろわざわざ劣化したのを作ろうとすると、どんな意図しない変化が出るかが不安でしかない。


「そんな感じで親父様と調整してもらえると助かるんだけど」

「やむを得ない、か。解った、俺から父上に報告しておこう」

「お願いします、兄上」


 ふう、とりあえずこれで学院の平穏成分も増したろう。

 王都の支店を作る最初の目的は俺の手間を減らすものだったが、フラウシアの立ち位置の変化も含めて想定外の事態が酷すぎる。こういった部分は臨機応変にしないと、たぶん、絶対、破綻するだろうし。


「ところで、ウザイン。こっちの別件で馬車関連の新型化が本格化してきてな。例の高性能サスペンションの生産と併せて他に導入できる新機構があるならと――」


 ほらー、これだよ想定外。

 板バネとダンパー、各可動軸受けや座席に緩衝材完備の総合サスペンション機構。俺の中の現代基準での対不整地移動性が向上した新型馬車は安定のチート製品に化けました。技術としては部外秘扱いにしたにも関わらず、兄上系列の利用者の自慢話から始まった情報漏洩は見事に止まらんかった。

 振動軽減が乗り心地だけに終わらず、郵送中の商品破損の激減に繋がったのがヤバかったらしい。


「――特にあれだ。新型車軸の防腐塗料への関心がな。整備期間が軽く五倍。耐久性も十倍以上という試算が洒落になっていない」


 ……やっちまったよ。粉体塗装パウダーコート

 自分の尻の安寧。乗り心地のためには自重しないと決めたため、車軸構造は総金属仕様にした。それで懸念になったのがサビ対策だったので、基本的な錆止め処置に合わせてやったのが塗装面でのもの。

 乙女ゲーム世界なので生活面が不思議機能の現代仕様なのは良いのだが、元の作者たちが女性ばかりな影響か、機械方面の構造やら蘊蓄などは手付かずというか。むしろファンタジー世界の中途半端に不便な構造を律儀に再現してる気すらした。

 そんなわけで、一般的な馬車は基本木造。強度の要る部分のみ匠の技が光る金属製とかだったのだ。


 大変だったなぁ。


 一応は規格部品っつー概念はあったが、現物は職人個人の感性任せなとこを“製造機械”の導入で工業規格化とか。手作りだと型取り工程を経ても車輪四つを同じサイズに作るのって地味に大変なのですよ。その職人意識を矯正する苦労。頑固一徹親父風の闘志に満ちた瞳の光を、貴族の強権振りかざして容赦なく踏み消すロボトミー化のつもりで頑張ったさ。領内から去るなんて選択肢は与えません。はい。

 粉体塗装は原始的な焼き漆で再現できたのは助かった。戦国時代の甲冑や鉄瓶では定番の防錆処置だ。男の子なら大概は調べる歴史で知ってて当然(偏見)。問題は漆系の樹脂素材探しだったがな。

 こちらは職人らにとっての新技術だったらしく、案外平和裏に浸透してったのは良かった。俺にとっても、向こうにとっても。


「王都住まいの鍛冶木工の職人は俺の伝手が効くのが何人か居る。そいつらを囲いこむんで、技術供与の方はウザインに頼む。これはもう父上に連絡済みなんで決定事項だな」

「……うー……了解」


 また旋盤やらプレスハンマーやベンダーとか、工場機材作りから始める技術革新っすか。


 俺、破滅回避の学生生活をメインにしたいんだけどなー……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る