12 閑話:狭間の苦労人・2

 豊穣神殿コッパー王国、分神殿。司祭リリーステラが個人的な日記に記す。


 本日、豊穣神ユタン様を奉る同胞、ナリキンバーク子爵領の分神殿に身を置く若き神官の移動を迎えました。

 神官名はフラウシア。姓は無し。公式の記録としては、隣国の領地に生まれ、難民としてナリキンバーク領に流れた後に当地の神殿の庇護の元、正式に領民となりました。


 俗世時代の彼女に関した情報は非常に少ないですが、難民や孤児にはよくある事なので特筆することもありません。

 しかし彼女が神官として務める経緯は少々奇異なものなので、彼女に関する報告書の写本を兼ねて、ここに秘事として書き記します。


 まず彼女は、本来は農奴の類いとして当領地に入りました。しかし聖属性魔術への適性と、体力的に従事する作業の過酷さから神殿に神官見習いとして登録したというのが正しい記録となります。

 本来ならば当神殿の孤児院生活を経て既定の修練過程を経験し、後に正式な神官となる予定でしたが、御領主の要請を請けた当神殿責任者の意向にて特殊作業の人員となりました。

 その意向の内容としては、神官または神官候補であり魔術の素養のある者。年代の若い者の領内事業特殊作業への参加。当地の神官の反応では聖属性を使う人員を欲した様子です。必要とされた世代の時期もあり、彼女を含む難民出身の子らの一部が対象になりました。


 特殊作業の内容は秘匿事項となっており詳細は無いですが、これも当地の神官の私見を参考にすると、どうにも事業というより人体実験に近いものだったようです。

 正直褒められた話ではありませんが、高額の援助金とその意向の出本の主が領主の子息との事もあり、分神殿規模では断れる事で無かったようですね。


 余録として、どうもその子息曰く、分神殿の育成方針を知った際に逆にこちらの信仰方針に対し怒りの態度をとったようです。なんでも“将来ある者の芽を無駄に摘むつもりか”と憤慨されたそうで。どうやら修練過程においての苦行で少なからず死者を出す実情を認められなかったようです。

 確かに、厳しい修練は時に誰かの命を奪います。特に幼子の不意の旅立ちには何年経とうが慣れる事の無い哀しさです。しかし、それを乗り越えてこそ大自然の化身たる豊穣神の信徒となれるのもまた事実。彼の神の試練は大地に生きる厳しさの先にある平穏を伝える大事な儀式なのですから……と、何でしょう?


“保有魔力量増加訓練マニュアル”……ですか。


 詳細は別途資料にてとありますので……、ああ、これですね。少し几帳を止めて目を通してから再開しましょう。


 …………


 …………


 …………


 ……何と言う事でしょう。

 罰当たりな妄言と一笑にふせたら……どれほど良かった事か。


『魔力的素養は生命がもつ純粋な生存戦略であり、適切な訓練によって向上する身体能力と同列である。不適切な訓練、過酷な労働は身体を壊す原因なのと同様に、苦行と称した自殺紛いの行為は生命への冒涜でしかない』


 そんな手痛い否定の主張の元作成された訓練マニュアルは、既に当地の神殿では通常化し確実な成果を上げたもののようです。神官フラウシアの報告書と一緒に届いた別の書類の中に記載がありました。


 神への信仰の形に個人の感情が混ざるのは確かに存在する事実です。それが派閥を生み、信者間での確執になっているのも、目をつむれない事実です。

 かく言う私も苦行肯定派です。神は常に自分の苦労を視ていて賞賛してくれるという思いは、あります。それが己の心に幸せの感情を生み、陶酔させるのは確か。

 見方を変えれば泥酔し道端で寝転がる酔漢と変わらないのかもしれません……か。


 そして、己の信仰の範疇でなら私個人の責任で済みますが、まだ己の信仰に目覚めない者達に強要の形で伝え、その結果として出る死者を尊い犠牲の虚飾で飾る……実に厳しい指摘です。


 この訓練マニュアルを作成した領主子息は同時に私費で死亡回避の手段も講じたそうで、その特殊な魔道具を装着すれば、万が一の場合でも蘇生を望む事が可能なのだとか。魔道具は逐次当地の神殿へ提供され、望む者には与えられている。

 そのせいで、燻っていた信仰の形からの派閥抗争が表面化の懸念もあります。が、実際問題として信仰を持つ子の死など無い方が良いのです。この点は私も大いに賛同します。


 資料の中には、その魔道具の実物もありました。

 豊穣神様の意匠で飾られた装飾具。華美ではないデザインは末端の神官が身に着けてもそう目立たない絶妙さです。

 装着すれば刻印された魔法陣に当人の魔力が流れ使用可能。簡単な構造な上に特に解析防止処置も無いので、独自に複製を作るのも自由とのこと。その点は提供者の領主様の許可も下りているそうです。

 早速、解析を始めましょう。

 ただし注意事項が一つ。全ての道具は善悪の使い道を内包するので、この魔道具はあくまで神殿内での複製に留める事とありました。


 ……これは、当神殿の護符作成の担当による秘事にした方が安全ですね。

 他の五大神殿にも必須になる事確実なものですが、当面はここから提供する形が良いでしょう。


 さて困りました。

 神官フラウシア。彼女の私事録のつもりが、付属した記録のせいで今はとても写しを続けていられる余裕が無くなってしまいました。

 分神殿からは彼女を聖女候補に仕立てるなど洒落にならない報告もありますが、現状では二の次の話題としか言えません。

 とりあえず、神官育成方針の緊急事態が片づくまでは中断しましょう。


 さて忙しくなります。

 先ずは各神殿への通達。六大神殿の臨時会合ですね、会場はここで良いでしょう。王都は全ての分神殿があるので便利です。加えて何を置いても、この資料を神殿の外に出すのは恐ろしいですし。


 ああっ、いそがしい忙しいっ!



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