04 領主は想う
ナリキンバーク子爵家、初代当主にして現当主。ケチラウス・ナリキンバーク。
それが私の現在の名だ。
思えば生まれた時の名、独り立ちした時の名、そして仕事上で山程使った偽名も含めて色々と名のってきた。
願わくば、この名乗りが栄光の軌跡と共に墓碑に刻む名であってほしいものだ。
この国、コッパー王国の歴史は古い。だが古いだけだ。開祖の直系は既に失われて久しい。時の支配者の血統は数百年、もしくは数十年で入れ代わり、その本性は国として興きた頃の伝統とは無縁の土地と化している。
その新しい血が発展と繁栄に繋がっているのは、皮肉としか言えないのだが。
私が貴族の末席に収ったのは、その新しい血の一族と偶然親しくなったからに過ぎない。
前の血統の重鎮であった者が王位を簒奪したのが先王。その弟は人望高い冒険者として大成していたため、ほぼ強引に公爵家に据えられ、当人の意思は封殺された悶々とした生活を送っていた。
で、そのガス抜き役を仰せつかったのが、昔は冒険者仲間、その後は御用商人と化していた私だった。
……何度、お忍びの冒険計画の下準備をやらされたやら……。
冒険者引退後は
結局、20年近くは続いたヤンチャだった。
最後はあのバカ……ではなく公爵閣下が片脚を失う怪我を負い、ようやく現役引退になったのだから。
しかし流石に大怪我が過ぎた。
情報操作、隠蔽、要らん関係者の処置云々で、とうとう私も一介の商人では居られなくなってしった。
今の状況はアレだ。王家に近くなきゃどうしようもなくなったための一蓮托生の結果でしかない。
しかし、原因はどうあれ貴族の権威が使えるようになったのなら、やれる事をやってみたいのは人情だろう。
どんなに金があろうと、どんな人望があろうと土地を支配しているのは貴族だ。
金があれば何でもできるなどは貧乏商人の迷信に過ぎない。
商人同士が如何にネットワークを広げ、国を跨いで結託しようと、その結託ごと蹂躙してくるのが貴族が支配する社会なのだ。
国は国で、敵対する立場であっても自分たちの支配のシステムだけは手放さない。当然の事だ。
その貴族の一員になったのだ。
やれる事はやりたい。
別に傍若無人に暴れたいわけでは無い。土地を得たからこそ出来る事だ。
計画的に区割りした耕作地を準備した。
これは冒険者時代に見た外国の農法だ。季節毎に偏る作物を時期に関係無く育てるもので、上手くいけば食料の安定した生産と在庫手段を確立できる。
連作障害という土地を痩せさせる対策に、他の作物を作ってさらに食料を増やす情報も前もって仕入れていた。成功すれば国家運営のプラスとなるのは確実だろう。
そして結果は、今の私の地位が証明している。
一代貴族位を飛ばして男爵位を賜り、あっと言う間に子爵位へと上爵した。
国の食料庫を満たした事は、それだけの成果だったという事だ。
輜重の支えは軍の支えだ。特にこの国は毎年行う対戦式の戦争ごっこも抱えている。余分に抱えているから無駄になるという事もないのだ。
幸い、うちの領では一度きりだがだまし討ちのような侵略行為はまだ続いている。
特に隣の、ブロッケルズ領は深刻だ。
地理の関係でうちより侵攻しやすく、何度も飽きもせずに攻められている。
地理の問題以外にも、どうも過去の攻防で余計な恨みを買っているせいもあるらしいが、詳細が余り伝わってこない。
それだけに、余計に深刻なものとも推測はできるのだが。
……さて、長々と語ったが……本題はここからだ。
自分も結構、波瀾万丈な半生を過ごしたという自覚はあるが、我が息子はそれ以上のものを予感させる。
切っ掛けは次男、ウザインの暗殺未遂だった。
私の成り上がり、長男ボルタルの手腕による拡張発展。商業会の敵対勢力が業を煮やし、短絡的な対抗手段を取る可能性を楽観視していた結果だった。
治癒と回復の魔術を施してなお危険視されたウザインの容態。
本人は直ぐに回復したと思っているが、意識不明の状態が10日続いたのだ。
その間は私も苦悩したが、妻も毎日、狂ったように懊悩していた。
久しぶりに、思いっきり冒険者時代の殺伐とした気持ちに帰れた。
建前で取り逃がしたとしか言いようないくらいに、実行犯の有り様は酷かった。もちろん、背後関係はしっかりと洗って始末は付けた。たまには公爵殿にも苦労してもらおう。多少、うちの国の貴族の席が減るが、その分、金もブツも出してやる。
この悲嘆も直ぐ消えて元通りになるだろうとの予想は、少し外れた。
回復した我が子の見過ごせない変化のせいだ。
元から空想に心を飛ばす様子を見せていたウザインだが、その様子に加え目的をもった行動が増えた。
私が昔集めた書庫にて様々な本を読み漁る。空中に指先を泳がせて、時折奇妙な光を生む。
気になって本気で注目してみれば、あの子は前より膨大化した魔力に包まれて、指先の動きはその魔力をいじくり回しているための変化だと判明したのだ。
私の他、特に魔力の動きを見るのに長けた者の解析によると、独特で未知の形ではあるが、明らかに高密度な魔法陣の一種を描いているらしい。最初はただ魔力の薄い膜に覆われるようなものが、日々、描かれる魔法陣によって明確化していき、今では光の籠に囲われているような状態らしい。
“推測だが”の言葉の上で言われた内容によると、その光の籠はそれだけで魔力的な防護壁として機能している。仮に前と同様の襲撃があったとしても、自己防衛の意識だけで充分に相手を消し飛ばすほどらしい。
今のところ、明確な害意さえ向けなければ何の反応もしないとの予測なので、妻は勿論、部下全員にはウザインへの悪意に注意するよう通達しておいた。
そしてある日、魔力の籠はまるで存在していないかの如く知覚できなくなった。またも推測の域を出ないが、魔法陣として完成したため、必要な時以外は完全な隠蔽状態に移行したのだろうという話になった。
ウザインの回復と共に、その変化の影響か想定外の事が連発する。
書物から既存の魔術の知識を得たようで、覚えたなら試したいのは道理と射撃練習場でやらかした。
あそこは部下の内、領内の荒事に従事する者が秘密裏に修練する場所だ。当家の者達には周知のものだが、我が家の内情を知らぬ領民たちには存在自体知られぬ場所でもある。
そこで、大規模な魔術がぶっ放された。
それも二度も。
領民の一部には『御館様の屋敷に火山が生えた』とか騒がれたらしい。
当然のように敵対勢力の襲撃だとも騒がれたが、そこは何とか沈静化させた。
いや、あれはもう戒厳令だな。
とにかく、無理矢理抑えつけるしか手が無かった。
うちの領民も……不思議と民兵気取りで俺を立てるからなぁ。
忠誠が大きいのは正直助かるが、その根拠が見えないのがやや不気味だ。
市井の声は小まめに集めているつもりなんだが、そのあたりだけ何故かはさっぱり集まらない。
ともかく、以降ウザインの奇行は増えて、常に監視役を置かないと危なかしい日々になってしまった。
ただ、そうした事にも慣れてしまうものだ。
妻は最初こそ戸惑っていたが、あの子の運動や魔術に活発に向かう姿勢に気持ちを明るくさせ、たまに来るあの子の尋常じゃ無い我が儘を後押しすらしてくる始末だ。
おかげで公爵殿の過去の偉業(?)を盾に、貴重な人材を割いてもらう苦労も見た。
……だが、今にしても思う。
あの技は一体何だったのだろう。
騎士の剣術の基礎と教えた体術の指南で、元とはいえ近衛騎士を驚かせていた。
一度ウザインとの会話で“歩法”と出たが、その言葉が意味するものを誰も理解できなかった。
また時折、ウザインの言い間違える“魔法”という単語だ。
魔術の事を指しているのは解るが、それでも時々、あの子の言い回し方だとまるで別の物事を指しているのではと錯覚する。
また、ウザインの魔力の独特な使い方のせいか、現状の、少なくとも私の知る範囲での魔術の系統ではもう教育の手段を無くしてしまった。
できる事といえば、あの子の望むように魔術に秀でた人材との面会を組む程度だ。
そしてとうとう、貴族が管理する魔術の世界以外の、神殿関係にまで手を出す事になってしまった。
あれは流石に、私も苦労した。
いや苦労なんてもんじゃない。
末端とはいえ神官職の人間を教師として雇うなど、前代未聞過ぎた。
貴族と神殿の両勢力が繋がる事自体はそう珍しくは無い。
だが、そうした結果。上手く存続しているのは国ぐるみで信仰に転んだ特定の国ぐらいだ。
大概は内乱内紛の原因となって悲惨な末路になる。
そうした未来の起因として、疎まれる要因になるのだ。
いろいろと小細工をして、軋轢の少ない豊穣神に落ち着いたのは賭けに勝ったようなものに近い。
ただし、勝ち得たならその立場は最大限に利用しなければ、だ。
豊穣神殿を通した情報網は大変有効だ。私独自の情報網では拾えない話題を埋めるように機能している。
これで領内の不安箇所に素早く対処できるようにもなったし、望外に魔物被害を減らせるようにもなった。
その一環で手を付けた難民集落の回収。あそこまでの成果も想定外だったな。
鬱陶しい隣国の出の民衆だが、その地を逃げ出しただけあって性根までは腐っていない。
あれらなら充分に労働力として使える。
不思議な事に一部の不穏分子はウザインが事前に隔離していた。聞けば化けの皮を剥がす魔術があるとか。息子に言われて魔術書を調べてみれば、それはウザインが昔の家庭教師より学んだ闇属性魔術を記した私書だった。
何時の間にそんなものまで作っていたのか。
我が子ながら、本当に天才なのかと期待するな。
あの子の魔術への知見は非凡なのだろう。
元々、膨大な魔力をもって誕生した。しかも未修学時に独自の魔術様式さえ編みあげて、現存しない爆炎系魔術さえ完成させている。
だから、あの子の発想で我が領にさらなる収入源が生まれ、その人材に魔術の素養の者達が必要とされ、タイミング良く神殿側から神官見習いの子らの育成援助の話が来た時には、その子らを息子の私兵化も含んで許可を出した。
それもまた、私の直感だったな。
神殿にしてみれば、同年代の子をあてて神殿への親密さを深めたかったのかもしれないが……全くの逆効果だったな。
深くは聞かなかったが、久方ぶりにウザインが本気で怒っている様子を見た。
どうやら神官見習いの子らと親密にはなったらしいが、その時に子供らに対する神殿の姿勢が気に入らなかったらしい。
折角得たあの子の個人資金の大半が投じられ、何か魔道具を作成していた。
あの子は魔道具すら作れるのかと驚かされたが、聞けば〈神珠液〉と名付けた美薬品も分類は魔道具だという。
流石は我が子、知らず天才の観技を振るっていたということか。
そしてとうとう、あの子も成人近くまで育ち、王都の学院に行く時期になった。
準備の時間はたっぷりと取った。
資金も人材も豊富だ。自分でも恐ろしいくらいに整った。
それもこれも、発端はあの子の才覚だが。
神殿関連の懸念はあっさりとあの子が打ち砕いた。
神官見習いの子らに対する――あの子が言うには道具を使い潰すような慣習を育成と言い張る姿勢は神殿として正しいのかという詰問にぐうの音も出なかったらしい。
しかも、同時に子供らを神殿上位の実力者に育てた成果が、生半可な反論すらを許さなかった。
結果として、我が領地の神殿組織は息子を通した私の管理する下部組織という形に落ち着き、貴族側の懸念を撥ね除けるだけの根拠になった。
神殿側の最後の意地とでも言えばいいのか、伝説の聖女の逸話を持ち出してまで、あの子の育てた神官見習いを一人、学院での育成という形で息子に宛がってきたが。
あの子らの関係もあり、まるで従者のような扱いだ。
むしろ聖女の伝説に泥を塗るかもしれない様相だったが、それは神殿側の責任だ。
私との不和を生むための材料では無いようなので拒絶はしなかった。
……いや、そうではないな。
あの神官見習いの少女が、息子にとっての特別なのだと解ったのだ。
あの暗殺未遂以来、妙に大人びて、全てに達観した表情の息子は、心を開く相手を求めなくなっていた。
私はおろか、実の母にさえ一線を引いて他人のような態度をとっていた。
それが初めて崩れたのが、あの少女だ。
何処がウザインの琴線の触れたのか……。
確かにウザインも年相応の……年頃とは思うのだが。
しかしこの機会を逃すのは愚かだ。あの子が別に信仰に目覚めたわけでなし、親馬鹿で済む範疇の事は叶えたいではないか。
あの聖女かもしれない娘を、もしかしたら義理の娘と呼ぶ日がくるとしたら……それはそれで面白いかもしれんしな。
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