間章:雑魚貴族、王都への旅路

01 上京の途 (1)

〈ローズマリーの聖女〉の世界は中世の洋風文化がモデルの世界。

 それ故に、時の流れは非常にゆったりと進んでいく。

 さて、俺の王都への移動計画がスタートして、あっという間に変化無しの時が経過し今はもう、カッポカッポと馬車の旅だ。

“ゆったり”の意味合いが違うだろうな突っ込みはあるだろうが、これも解釈の違いというやつだ。

 朝、空を見上げて雲の流れを眺めていたらあっという間に夕方……とか、そんな感じだ。


 二年以上も準備に時間を使ったんだから、移動は身一つで充分とも思うんだがな。

 でも実際には、まるで一つのキャラバンが如くのご一行様になっていた。

 何故だ?

 解せぬわなぁ。


 五台の馬車のうち、先頭と最後尾の一台は護衛が詰まった軍用馬車というやつで。

 車両自体が不燃性の特殊材で作られた上に分厚い装甲仕様になっている。

 それを引く馬……ではなく馬力が物凄い“鹿牛しかうし”も全身に甲冑装備の頑丈仕様だ。正にこの世界の戦車と呼べる代物で、正直、こんな旅に同行させていいのか的なものでもある。


 残り三台のうち、二台も規模的にはあまり変わらない。

 聞くと辺境開拓に使用するような大型馬車で、人なり資材なり大量に運ぶのに適したものだ。うち一台は完全に荷運び用。もう一台は俺に随伴する人員と資材の兼用となっている。

 そして最後の一台。

 高貴な者を乗せるためにだけの小型馬車。長期の旅行用に節々に頑健さはあるが、無意味に等しい飾り細工がそこかしこに彩られた無駄に豪華な馬車が、俺の乗る専用車になっている。


 この旅の準備に二年もかけたのだ。

 そして、俺は馬車での旅に生じる難点をラノベ知識で予知とていた。

 ならばこの点で、無理に自重するのも愚かという事となろう。

 尻が砕ける旅なんて、誰もしたくないだろうからな。


 馬車の衝撃緩和機構、つまり板バネなどは既に存在していた。

 ただ、この板バネだけだと荷台部分がポヨンポヨン跳ね回る案外危険な構造なのだ。

 極論、走行中に荷台が上下に跳ねるんだからな。しかも構造的に真上だけじゃなく、バネを起点にした前後左右上下の全方向にだ。

 下手すりゃそれだけで馬車が横転してもおかしくない。

 と言う事で、容赦なくオイルダンパーの構想を実現化させた。構造自体は簡単なのだ。要はその完成精度を高めるだけの話。こればかりは幾ら知識として教えても制作者のトライ&エラーが必須だ。

 それには、二年三年の月日は充分に過ぎたというわけである。

 また別の部分でのスプリング機構も大事だ。座席部分、絶妙な強靱性で拡縮する網バネ構造。これと綿のクッションを併用し、現代車両の座席を再現しなきゃ結局は尻と尾てい骨へのダメージは消えないのだからして。


 と言う訳で、この旅に使う馬車には全て採用した緩衝機能は大いに活躍している。

 何気に御者の耐久性が上がった事で、行程自体も前倒しの傾向だ。


 ただ、旅程の日程的にはさして変化は無いか。

 こういった旅に付きものの、外敵との遭遇でそれなり時間は使うのだ。


「坊ちゃん、今回は雑魚です。ですので……」

「みなまで言わんでいいよ。ホイと」


 相変わらず、俺の末端での認識は面倒事は燃やして消す貴族様に固定されていた。もう面倒なので訂正もしていない。

 ただ、雑魚の魔物を対処する時は便利だ。俺が馬車から姿を出しただけで、部下の大半が察するし。

 魔法の作用する範囲を解りやすく教えるため、使っているのは専ら魔術の方にしている。

 これなら派手な魔法陣が出て味方に被害が出にくいからな。

 そして燃やしてしまえば後片付けも楽だ。

 素材の回収の必要が無い場合は、俺がそうして一掃するのが移動初日からのルーティンと化していた。


 今回出た魔物はゴブリンの群れ。街道の前方に陣取り馬車を襲う程度の浅知恵で動いていた。

 まぁ、20体ほどの群れなら、普通はそれで驚異度も高いのだが。


「スマン、一体だけ範囲から微妙にずれた。後処理を頼む」

「了解です!」


 一匹だけ反応の良い奴が居て、発動寸前に魔法陣内から逃れようとした。

 結局間に合わずに片腕片脚が消し炭と化したが、それでも生きてる以上は危ない相手だ。

 部下の一人が近寄り、トドメをさして終了。

 改めて焼くのも何なので、街道の端に放って終わりにする。

 そのうち別の魔物が処理するだろう。ただ、大量の肉の焦げた臭いに暫くは何も寄って来ないだろうが。


 魔物だってその程度の危険は察知する。

 正直、俺はこの世界の魔物と野生動物の違いに明確な区別ができていない。


「魔物を倒して経験値とか、そういった類いも無いんだよなぁ」

「はい?」

「いや、何でも無い」


 一仕事終えて馬車に戻ろうとすると、そこからこちらを見ている視線と交差する。

 フラウシアの視線だ。

 昼間の移動中は俺の馬車に同乗させているので、こうなるのは当然の流れだ。


「……!」

「おう、凄いか? 何時もどおりの処置なんだが」


 この二年、フラウシアとは積極的に接するようにしていた。

〈ローズマリーの聖女〉としての面と、この世界の現実での関係上での面と、まぁ色々な要因で。

 で、なんとなく人間恐怖症の保護犬を慣らすような感覚で付き合った現在、多少は打ち解けてきたかな程度に、俺に感情を見せるようにもなっている。

 ……まぁ、相変わらずの無口キャラではあるのだが。


 因みに、今のボディランゲージ(?)は“ウザイン様、また魔術の行使スピードが上がった”的な意味になる。


 俺の魔法行使は目の前に浮かぶ魔法コマンドの認識だからな。意識でも充分使えるが、空中のコマンドをタッチするスタイルだと、意識だけじゃ見逃しがちな部分に案外素早い対応がやりやすい。

 なので、多数の相手を同時にする場合は指先で宙を描くような行動が定番になっているのだ。

 AR操作。そんな感じに。


「……ウザイン様、この二年ですっかり、フラウ語に精通なされましたね」

「なんだその“フラウ語”ってのは」


 馬車には何時ものメイドも交代制で最低一人は同乗中。

 最近は妙な突っ込み体質に目覚めたのか、時折遠慮の無い暴言を吐いてくる。


 これでも、俺は結構頑張った。

 フラウシアに日常的に、誰とでも言葉を交わすよう特訓は繰り返したのだ。

 成果はあったぞ。今ではフラウも、必要と思えばちゃんと誰とでも会話をする。大半、フラウが言葉を発した時点で相手の方が驚くスタイルも定番化したがな。


 そしてまぁ、なんだ。

 それだけ意思疎通の苦労を分かち合う程に接してると、自然と解るようになっちまうのだ。ふとした仕草で、フラウが何を言おうとしてるか……とかな。

 で、つい。

 こうした場面なんかじゃ、その対応で済ませてしまうが常態化しちまっているのである。


「……」

「いや、フラウシアが気にする事は無いぞ。ちゃんとやれる時はしてるんだ。別に常に全力で対話に望む覚悟は要らん」

「……ウザイン様。そもそも対話は、そんな決闘じみた行為ではないと思います」


 いやいや、そんなつもりじゃなくてな。


 ……あれ?



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