22 聖女(候補)フラウシア

 聖女。

 それは〈ローズマリーの聖女〉という物語の主役。

 とある女子大の同人サークルからリレーシナリオ形式のWeb小説として始まり、その総量10年分を契機に全体をクリンナップ。会話式ADVとRPG要素を追加した同人ゲームとして発表され、さらにそれをコンシューマ業界がリファインしてお茶の間の皆様が楽しめる作品へと昇華した。


 物語の傾向としては、薄幸の美少女主人公が不幸をもたらす難敵をものともせずに乗り越えるサクセス展開が基本になる。

 さすがは10年ものというか、時代の流れで変化する、敵対する登場人物のバリエーションに幅があるのが地味に人気だったとか。

 流れは大雑把に三部構成。幼少期編、学生編、成人編だ。

 ゲーム化した時点で舞台は学生編を中心に展開し、幼少期編は邂逅イベント的な進行で時折挿まれる形だったと思う。


 まぁ、単純に。

 幼少期はまだ幼い子供の主人公の不幸話だ。

 最初は近所の悪ガキから意地悪程度のものが、後からはクズな大人からの陰湿なものに変わるのが……まぁ、色々なレーティングに触れるとこもあったのだ。

 時代の変遷というか、書き手が女性だと時折ドン引きしかしない容赦ない展開も多いからな。

 察しろ。そういう事だ。


 主人公の設定も書かれた時代で結構変わる。

 最初は、無力な少女が知恵と機転で難関突破というパターンが多いが、時代が新しくなるに従い、脳筋バトルというか、物理での対話の比率が高くなる。

 いったい何の影響だったのやら。

 女性の社会的進出の広まりとはまた別の要因としか思えないんだがな。


 で、さてと。


 物語のメインとなる学生時代。

 そのスタート時点での聖女のイメージは……正直言って、希薄だ。

 いや、言い換えよう。制作的な意図もあり、とにかく無個性を印象づける存在だったのだ。


「……ぶっちゃけると、ギャルゲーの無個性主人公の女版。これに尽きるんだよな」


 ゲーム展開は不幸が襲いがちな主人公が無事に卒業を迎えるサクセス道。しかし、同時に恋人候補のオトメンたちの攻略も並行する。

 主人公の性格は、その攻略対象でコロコロと変化するのだ。

 しかもその結果で成人編での物語展開も様変わりするという。無駄に派生展開が多いマルチシナリオ仕様。


 乙女ゲームとはいえ、非常に内容の濃い部分も一部のユーザーには好まれた。

 賛否両論って成分が大多数でもあったけど。


「ああ、そう思って視てみると……フラウシアは典型的に聖女キャラなんだなぁ……」


 さて、実際のフラウシアという人物は。

 端的に言えば“空気系・無口キャラ”だ。

 元難民の神官少女隊の一員としては、年長組の行動方針に消極的賛成の態度で常に従うタイプだった。

 あの家族大事を全身で表するモーリスにして、時折存在感を失わせるくらいに個性が無い。正に空気のような存在の存在感という意味不明さが、フラウシアの個性だった。


 俺も最初はなぁ。

 多少なり会話する年長組の付属品くらいにしか思って無かったし。


「ウザイン様。“ギャルゲー”、“聖女キャラ”という意味合いに何かご考察がお有りでしょうか?」

「あ、いや。独り言だ。気にするな」


 エミリア侍祭とフラウシアとの対面を終えての、自室での一時。

 ここ最近、忘れがちだった〈ローズマリーの聖女〉関連の記憶を掘り起こしていて……つい、壊れた言動を呟いてしまった。


 雑魚貴族として聖女に蹂躙されまいと自分の性能アップに勤しむ事は続けていたが、それ以外の具体的な対策の取りようが無いと放置し、最近はなんかリアルの内政プレイが忙しいと完全に忘れかけていた部分であった。


 と言うか、アレだよな。

 雑魚貴族って立場は普通、貴族としての籍はあっても将来的には平民落ち確定とか本当の意味で雑魚なのが定番だよな。

 俺、次男坊でその資格充分なのに、なんでもう、生まれた時から跡取り候補的な扱いだったんだか。

 だもんだから、つい将来のためならば……的に内政視点に力も入れちまったんだよな。

 ……最初は、まぁ完全に利己的な目的だったが。


 因みに、子爵の領地を得て大規模農耕環境を確立し、さらに〈神珠液〉を国内にもたらした親父の社会的地位は、またも上昇方向。

 なんか、さらなる成金貴族の立場にレベルアップかもな不穏な噂も届いている。

 味方とのパイプが太くなる反面、敵対勢力との確執が本格化する懸念に俺、やや心労気味である。


 また暗殺とか来ませんように。

 いや、来るんだろうけどさ。


「思考を戻そう」


 さてと、フラウシアだ。

 俺と彼女との間に会話らしい会話が出たのは……確か、三ヶ月くらい前からか。

 魔術適性への確認が取れて、それぞれに個人指導の形で接するようになってでの流れだ。

 流石にマンツーマンでの状況なら、フラウシアも自分の言葉をちゃんと使う。


 それでも、随分と苦労はしたが。


 こっちにも必要以上の情を繋げたくない意識があったので……まぁ無理な時は無理だったが……とにかく、事務的な対応を基本にしていた。

 するとフラウシアの場合は完全に会話が成立せずに、結局、俺が指示を出してフラウシアがそれを寡黙に実行しようというスタイルに終始した。


 何と言うか、俺はフラウシアの『はい』という言葉しか聞いてない気がするんだが。


「……あれ、俺本当に会話できてたか?」


 身振り手振りで成立する対話。正に、元から従順な気質の犬に躾と芸を仕込んでるような気さえする。

 ……うん。倒錯的な意識は無いぞ。

 一瞬、首輪でもしたらそれはそれで可愛いかもな妄想は出たが、地球の現代人の意識だったら許容内のやつだ。

 そう、ファッションとしてっ。


 ……。

 …………

 ………………っくっ!


「と……とにかく。これからはちゃんと会話が成立するような対応をしないとか。元難民の神官職とはいえ、同じ郷里から出て共に過ごす間柄になるのだし」


 なんか言葉にしないと危険な気がしての発言なんだが。

 何故にこのタイミングで声が裏返るかな、俺。


「……」


 背後からメイドたちの視線が刺さるのは気のせい?

 気のせいだろう。

 気のせいにする。決定だ。



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