二つの世界
第65話 二つの世界(1)
拓馬は目的地も分からないまま、車を走らせている。ナビをしてくれるのはバックミラーにぶら下げた和也の人形だ。曲がる場所に来ると進行方向側に揺れて知らせてくれるのだ。不思議な出来事だったが、拓馬は和也が彩の居る場所を教えてくれているのだと確信していた。
しばらく走っていると、拓馬はどこに向かっているのか見当がつき出す。地元方面、それも和也の自宅辺りに向かっていた。
和也の自宅に近い場所で、人形はまた「リーン」と音を鳴らして動かなくなった。そこは住宅街の中にある小さなお寺だった。恐らく和也のお墓があるのだろうと拓馬は思った。
駐車場があったので車を停めて、車内にあった懐中電灯を持ち、拓馬は墓地に入って行く。小さな墓地だったが、どれが和也の家のお墓なのかわからず、とりあえず端から名前を見て回る。
深夜の墓地には人も居らず薄気味悪いが、拓馬はそんな事を気にしている余裕は無い。今、彩がどんな辛い気持ちでここに居るのか考えるだけで胸が張り裂けそうだった。
と、その時、拓馬の耳に小さく呟く女性の声が聞こえる。
「和也君……」
声の主は、立派なお墓の前で目を瞑って手を合わせている彩だった。
「私、また大切な人を失ってしまった……あなたと拓ちゃん、どちらも大切で大好きな人だったのに……」
彩は顔を上げてそう呟いた。その瞳から涙が零れる。
「そんな顔してると和也が心配するぞ」
「拓ちゃん!」
急に現れた拓馬に彩は驚く。
「どうしてここに……明菜はどうしたの?」
拓馬は彩の質問に答えず、お墓の前に屈み、手を合わせる。
――和也、ここに連れて来てくれてありがとう。お前との約束は絶対に果たすから……。
心の中で和也にそう話すと、拓馬は目を開き、彩を見る。
「明菜が彩のところに行けって言ってくれたんだ」
「明菜が? どうして? 明菜は私の事を恨んでいるのよ。そんな筈はないわ」
彩は信じられないと言った表情だ。
「それは違うよ。明菜は彩の事が大好きなんだ。どんなに憎みたくても、最後の最後には好きな気持ちが勝ってしまうんだよ」
「明菜……」
彩は明菜に会いたくなった。今は無理でも、もう一度昔みたいに笑い合いたかったから。
その時、彩はハッと気付いた。
「彩、明菜……拓ちゃん、もしかして記憶が戻ったの?」
彩は口調や雰囲気から、目の前に居るのは以前の拓馬だと感じた。
「夢を見ていたんだ」
拓馬は彩の質問に答えず、そう呟いた。
「夢?」
「そう、高校時代の夢。俺と彩の他に明菜や和也も居たよ」
「和也君も?」
「うん、彩は和也の彼女で幸せそうだった」
拓馬の言葉の意味を考えて、彩の顔が暗くなる。やはり、記憶を取り戻した拓馬は自分に別れを告げる為にここに来たのだ。ストレートに別れの言葉を言わないのは、拓馬の優しさなのだと彩は思った。
「和也と友達になったんだ。結構仲良くなったんだぜ、本当に良い奴だった……」
そう話す拓馬が寂しそうに、彩には見えた。
「でも、助けられなかった……助けられた筈なのに、助けられなかった……」
拓馬の瞳からも涙が零れる。
「拓ちゃん……」
「彩、和也の前で誓うよ。お前が大好きだ、幸せにするから、これを受け取って欲しい」
拓馬はそう言って、部屋から持ってきていた指輪の箱を開いて、彩の前に差し出した。
「えっ……」
彩は指輪に手を出さず、戸惑うように拓馬を見る。
「私も拓ちゃんが大好き。とても嬉しいけど、私は今もまだ和也君を忘れられないんだよ……きっとあなたを傷付けてしまうわ……」
拓馬は戸惑う彩を強く抱き締めた。
「和也を忘れなくて良い。彩にとって、和也がどれ程大切な存在なのか分かったんだ。俺の中にも和也が生きている。だから忘れなくて良いんだ……」
「拓ちゃん……」
彩も拓馬を強く抱き返す。
拓馬が和也の好きだった「たとえばこんなラブソング」をゆっくりとしたテンポで歌い出す。彩も併せて歌い出す。二人は和也を想いながら歌い、途中からは涙声になる。
最後まで歌い終わった二人は長いキスを交わした。
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