第64話 悲劇を止める為に(6)

 拓馬達を取り囲んでいた輪が崩れ、中型クラスのスクーターバイクに乗った一人の男が現れる。


「武藤さん!」


 男の姿を見て拓馬が叫ぶ。男は宿工トップの武藤だった。


「生意気な奴をシメるって言うから来てみたら霧島じゃねえか。俺が柔道部と仲良いの知ってんだろ?」

「いや、武藤、こいつはよ……」


 ひげ面が慌てて弁解しようとする。


「はあ? お前、俺に文句あんの? 同じ学校の後輩をいじめるって言うからには余程の理由があるんだろうな?」

「あ、いや……」


 顔色の変わった武藤を見てしどろもどろになるひげ面。


「霧島、急いでるんだろ? もう行って良いよ。後はこいつと俺の問題だから」

「武藤さん、ありがとうございます!」


 拓馬は心の底から感謝し武藤に頭を下げた。すぐさま自転車を起こし、拓馬は明菜を後ろに乗せてまた走り出す。

 商店街を出ると、目の前の片側一車線の道路をちょうど救急車が通過するところだった。道路は狭く信号待ちの車が停止している為に救急車もスピードは出ていない。


「救急車よ!」

「うん!」


 進行方向の先には例の北高前交差点が見えている。救急車より先に着いて、事故を起こす筈の車を見つけて制止させないといけない。

 現在、進行方向の信号は赤。信号待ちで停止している数台の車は救急車の進路を確保しようと左に寄り出している。拓馬は道路脇を走行する事が出来ずに自転車を歩道に乗り入れた。

 交差点まであと十メートル程で、徐行している救急車と並んだ。


――なんとか少しは先に着けそうだ。だがどうやって救急車を止めようか……。どの車が事故を起こすんだ……。


 拓馬がそう考えた瞬間、左から交差点に向かう一台の車が目に入る。


「明菜さん、飛び降りて!」


 拓馬は瞬間的に事故を防ぐ方法を思い付き、明菜に叫ぶ。


「ええっ!」

「早く!」


 拓馬の勢いに押され、明菜は動いている自転車の後ろから飛び降り、勢いで尻もちをついた。

 拓馬は左から交差点に向かう車のドライバーが、スマホをいじっているのに気が付いたのだ。おまけに車内から派手な音楽が流れている。


――この車だ!


 拓馬は確信した。何故なら、その車の進行方向の信号が黄色に変わったのに視線を上げなかったから。


「あっ、あの車!」


 尻もちをついたままの明菜が気付いた時には、もう拓馬は自転車の勢いを殺さずに目の前の道路に飛び出していた。


――あの車は止まらない。救急車と衝突する前に俺が止めないと!


 拓馬の予想通り、ドライバーは信号が変わったのに気付かず、車はそのまま進んで行く。


「ああっ、拓馬君!」


 立ち上がった明菜の目の前で、拓馬はスピードを落とさずにそのまま交差点を突き進む。目の前には信号が変わった事に気付かない車が迫っている。拓馬は自転車ごと車の前に飛び出し撥ねられた。自分が先に轢かれ、救急車をそのまま行かせる考えだった。

 衝突した瞬間、拓馬の体は弾き飛ばされ、自転車は車の下に巻き込まれる。

 拓馬を轢いた事に気付いたドライバーが慌ててブレーキを踏む。車は急激にスピードが落ち、横断歩道の上で止まった。

 停止した車の前を救急車が通過していく。拓馬の考え通り、事故は未然に防げた。


「拓馬君!」


 明菜は真っ青になり、車に轢かれて横たわったままの拓馬に駆け寄った。

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