第62話 悲劇を止める為に(4)

――下に居るのが奴らの仲間なら他人に怪我をさせる心配もない。後はバランスを崩さず一気に下りきるだけだ。


 拓馬は部活仲間と度胸試しでこの階段を自転車で下った事がある。ただそれは一人だったので、後ろに明菜が乗っている今は比べ物にならないくらいの緊張感がある。

 下りだした自転車は想像以上にスピードが出ている。恐怖と戦いながら、スピードを殺さずに下って行く。少しでもハンドルを切ってバランスを崩せば下まで転がり落ちる。拓馬はチキンレースのような心境だった。

 明菜は目を瞑って拓馬の腰にしがみ付いている。絶叫マシンは乗り慣れているが、比べ物にならないくらいの恐怖感だ。運転が拓馬以外の人ならきっと乗れなかっただろう。好きな人だからこそ全てを預けられた。

 拓馬の手に階段の振動が伝わってくる。今までのどんな乗り物より怖い。階段は角度的には緩やかに作られているのだろうが、自転車で下ると絶壁を降りている感覚になる。

 途中にある踊り場で体勢が変わり、バランスを崩しそうになる。そこを持ち直すとまた階段が続き、スピードは益々上がる。

 あともう少しと言うところで、ポケットの中の人形が「リーン」と大きな音を立てた。拓馬は気を取られて一瞬視線が動く。すると偶然に、階段の先の方に一部欠けている部分がある事に気付いた。そのまま行けばそこでタイヤを取られるところだったが、体重移動で少しだけ進路を変えて危機を回避出来た。


「どけどけー!」


 拓馬が叫びながら階段を下りきると、出口に居たひげ面の仲間二人は慌てて飛びのいた。

 拓馬は勢いを殺さず、そのまま駅の改札前を通り越して商店街の中に入って行く。


「すぐに追っかけろ!」


 拓馬を追い駆け、連絡橋から下りてきたひげ面が叫ぶ。慌てて仲間の二人はそれぞれ自分達の乗ってきたスクーターの後ろにひげ面とグラサンを乗せる。二組のスクーターは拓馬達を追い駆け商店街の中に向かう。

 拓馬は必死に自転車を漕いでいた。幸いにも夜の商店街はシャッターが閉じられた店舗も多く、歩行者もまばらだ。遠慮なくスピードを上げて駆け抜けていく。


――救急車が通る迂回路の道のりを考えるとなんとか間に合うだろう。


 商店街の中にあるT字路を曲がりながら、拓馬はふとしっかりと腰にまわされた腕に気付く。連絡橋の階段を下り出してから必死だったので、後ろの明菜の存在を忘れていた。

 怖い思いをしているだろうと拓馬は申し訳ない気持ちになる。


「絶対に間に合わせて和也を救うから」


 拓馬は腰にある明菜の腕に自分の手を重ねながら、後ろの明菜に声を掛けた。


「うん、信じてる」


 強がりじゃなく、明菜は心からそう思っていた。

 振り落とされないように、明菜は拓馬の腰に手を回し、しっかりと抱きついている。腕や密着している体から拓馬の熱が伝わる。かなりのスピードが出ているが、不思議と恐怖は消え、心地良さすら感じていた。その安心感が、拓馬ならきっと和也を救ってくれると明菜に信じさせていた。

 出口目指して自転車は猛スピードで商店街を駈け抜ける。

 その時、アーケードの中をかん高いバイクのエンジン音が鳴り響く。ひげ面達が追い駆けてきたのだ。

 二台のスクーターはすぐに拓馬達に追い付き、挟み撃ちにするように、左右に並んで威嚇する。


「止まれよ!」


 右側のスクーターの後ろに乗るひげ面が拓馬に叫ぶ。


――もうすぐ商店街も終わる。通りに出れば人通りもあるし、無茶は出来ないだろう。


 拓馬はそう考え、ひげ面達を無視して自転車を漕ぎ続ける。


「無視すんな!」


 今度は左のグラサンから怒鳴られる。


――あと少し……。


「あっ!」


 もう少しと頑張っていた拓馬は前を見て急ブレーキを掛ける。ひげ面の仲間達十人ほどが、商店街の出口を塞ぐように並んでいたのだ。

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