第61話 悲劇を止める為に(3)

 駅の南口に向かう道は人通りも多く、花火大会の今日は、特に人が多かった。


「すみません! 緊急事態です! 人の命が掛かっています! 道を空けてください!」


 柔道部で鍛えた大声で、拓馬は繰り返し何回も叫ぶ。道行く人が驚いて、少しでも避けると、その隙間を縫って二人は進んだ。

 なんとか人混みを切り抜け、拓馬達は駅の連絡橋の下に辿り着く。


「もしかして、これを通るの? ここは自転車禁止なのよ」

「ここが最短なんだ。行くしかない!」


 拓馬の決意は固かった。


「明菜さん自転車から降りて」

「えっ? 何をするの?」


 拓馬は明菜を自転車から降ろし、右肩に自転車を担ぐ。


「ええっ?」

「こうすれば自転車禁止でも大丈夫。部活で人をおぶって階段を上っているんだ。これぐらい軽いもんだよ」


 拓馬はそう言うと連絡橋の階段を上り出し、明菜もそれに続く。



 その二人の姿を駅前の少し離れた場所で見ていた二人の男が居た。


「あれ、この前の柔道部の二年の奴じゃないか?」


 二人はカラオケ屋の前で揉めた宿工三年のひげ面とグラサンのコンビだった。南口の商業施設前で仲間と待ち合わせしていて、拓馬達の姿を見かけたのだ。


「あ、霧島って奴だな。調子に乗りやがって、こんな人混みを二人乗りかよ」


 グラサンが苦々しく吐き捨てる。


「あいつら連絡橋に行くぜ。カズ達もう北口に居るよな」


 ひげ面が携帯を取り出し電話を掛ける。


「あ、今どこに居る? この前話した柔道部の二年がそっちに向かってるんだ、連絡橋の出口を封鎖してくれ」


 ひげ面は電話し終えると、グラサンに「行こう」と声を掛け連絡橋に向かい走り出した。



 拓馬は自転車を担ぎ連絡橋の階段を勢い良く駈けのぼる。幸いな事に、普段から利用者が少ないのと、時間も遅いので、障害物となる人は居なかった。


「拓馬君、大丈夫?」後ろから明菜が心配そうに声を掛ける。


「これぐらいは何ともない!」


 拓馬は最初の勢いのままのぼり切り、自転車を担いだまま反対の端に向かい駆け出す。行き止まりまで来て、今度は下りの階段だ。

 運がよくここまで誰も居らず、下りの階段に人は居ない。これなら駈け下りればすぐに北口に降りれそうだった。


「このまま行くよ!」


 拓馬が後ろの明菜に声を掛けると、明菜も「うん」と頷いた。


「ちょっと待てよ!」


 拓馬が階段を駆け下りようとする瞬間、後ろから声が掛かる。

 ひげ面とグラサンの二人組が息を切らしながら追いかけて来ていた。


「あっ、たしか三年の……」


 拓馬は自転車を降ろし、ひげ面達を見る。

 二人は拓馬の動きが止まったので、スピードを落としゆっくりと近付いてくる。


「お前、ここが、自転車禁止なのを知らねえのかよ?」


 グラサンが息を切らしながらそう言う。


「いや、だから担いでいたんで……というか俺急いでるんでまた今度にして貰えませんか?」

「いいよ、行けよ。だがお前一人でな」


 ひげ面の目的が明菜だと分かり、拓馬は横を見る。明菜は怯えた顔で言葉を無くしていた。


――どうする? これ以上こいつらと揉めてる時間は無いぞ……。


 拓馬はちらりと下り階段の先に視線を送る。


「逃げられねえぞ。出口は仲間が固めてるからな」


 ひげ面はそう言いながらさらに近付いてくる。これ以上二人と関わると厄介になると拓馬は決心した。


「明菜さん後ろに乗って」


 拓馬は自転車に跨ると明菜に向かい叫んだ。


「えっ?」


 明菜は驚きながらもすぐに後ろに座り拓馬にしがみ付く。


「お前何するんだ!」


 拓馬の意外な行動に驚き、ひげ面達は捕まえようと迫ってくる。


「俺を信じて!」


 そう言うと拓馬は自転車で階段を下りだした。

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