第60話 悲劇を止める為に(2)

「駅を越えて、北高前の交差点に行くのよね!」


 後ろで拓馬の腰に、しがみついている明菜が聞く。


「そう、そこで救急車がスマホ見ながら運転していた車と衝突するんだ」

「普通に行ったら、救急車は十分くらいで着くから間に合わないんじゃない?」

「今日は花火大会で道路が大渋滞しているし、行先の病院が変更になったから、かなり時間が掛かったと言ってた。助かる可能性はあるよ!」


 会話している間も拓馬は自転車を全力で漕ぎ続けていた。


「あ! 次を左に曲がって!」

「えっ?」


 拓馬は驚くが、明菜の指示に従い小さな脇道に曲がって行く。

 本来は駅まで行くにはメインの大通りを走るコースが一番早い。脇道に入ると方向的には直線コースとなるが、曲がり角も多く、結局距離的にロスとなる。なのに明菜は脇道を指示した。拓馬は理由がわからなかったが、明菜を信じて必死で自転車を漕ぐ。

 目の前に月極駐車場があるT字路が出てきた。左右どちらかに曲がって迂回しないといけない。


「そのまま真っ直ぐ駐車場に入って!」

「ええっ!」


 拓馬は驚いたが仕方なく駐車場の中に入った。

 駐車場の奥にはお腹の高さぐらいのフェンスがあり、そこで行き止まりになる。

 自転車が止まった瞬間、明菜はすぐさま降りてフェンスを飛び越え向こう側に行く。


「拓馬君も降りて、自転車をこっちに!」


 理解した拓馬はすぐに降り、自転車を持ち上げ向こう側に降して、自分もフェンスを乗り越える。


「こんな方法があったんだ……」

「さあ、行こう!」


 明菜の呼び掛けで、拓馬は再び自転車を全力で漕ぎだす。

 また少し行くと今度はT字路で民家が目の前に現れる。


「このまま、その家の駐車場を入れば反対側に抜けられるから!」

「ええっ! 他人の家だよ!」

「大丈夫! 親戚の家なの!」


 拓馬は明菜の指示通り、運良く車の無い民家の駐車場に入って行く。


「あっ!」

「ごめん! おばさん!」


 明菜が家の中に居た女性と目が合い声を掛ける。

 一瞬のうちに向こう側の道へ抜け、二人はまた自転車で走り出す。

 それからも拓馬は明菜の指示で狭い路地や裏道を抜け、最短コースを通って進む。


――救急車は普段より時間が掛かっている。諦めなければ絶対にまだ間に合う。和也を助けるんだ。彩さんと明菜さんの為に!


 拓馬はそう心で呟きながら自転車を漕ぎ続けた。



 駅の傍の踏切に続く道路に、二人は脇道から飛び出してくる。ちょうどその時、後ろから救急車のサイレンが聞こえてきた。踏切までの道は車が渋滞しており、救急車でも時間は掛かりそうだった。


「よし、追い抜いたぞ」

「駅の北側に出れば交差点まではもうすぐね」


 喜んで先に進む二人を「カンカンカン」と甲高い音が阻む。踏切まで来たが、遮断機が降りていて渡れないのだ。


「ああ、タイミングが悪いな!」


 拓馬は苛立たしく吐き出す。


「あっ、そう言えば今日は花火大会で臨時電車が運行されるって駅に書いてあったわ!」

「じゃあ、もしかして……」

「開かずの踏切になっているかも」


 その時、後ろから近付いていた救急車のサイレンが、逆に遠ざかる。救急車は手前の交差点で、線路を超える高架橋のある迂回路に回ったのだ。


「救急車は他の道に行ったわ」


 相変わらず遮断機は下りたままで、「カンカンカン」と甲高い音が鳴り続いている。


――すぐに遮断機があがり線路を渡る事が出来れば、確実に救急車より先に行けるだろう。でも開かずの踏切になっていて時間が掛かれば手遅れになる。かと言って今から救急車と同じように迂回路に回っても絶対に追い付けないし……。


 拓馬は決断を迫られた。


「こうなったら、あれを行くしかない」

「あれってまさか……」


 明菜がそう呟いた時には、拓馬はもう駅に向かい自転車を漕ぎだしていた。

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