悲劇を止める為に
第59話 悲劇を止める為に(1)
拓馬は自分の体に違和感を覚えた。たった今まで明菜を抱きしめていた筈なのに、今現在は腕の中にその感触は無く、体は地に伏せていた。
拓馬はゆっくりと体を起こし周りを見た。明菜のマンションに居た筈なのに、何故か野外に自分が居る。夜だと言うのに、周りは大勢の人が居た。
「ここは河川敷? どうしてここに……」
「……拓馬君?」
拓馬は呼びかけられて、初めて自分の背中を支える人の存在に気付く。顔を見るとどこか見覚えがある。
「あ、もしかして明菜さん? こ、高校生の……」
「拓馬君大丈夫? しっかりして!」
明菜に体を揺さぶられて、拓馬は現実に戻って来た。
「明菜さん! どうして高校生なんだ? 俺はどうしてここに居るの? 明菜さんのマンションに居たのに!」
拓馬は訳がわからず叫んだ。
「明菜さん? それに、どうして高校生って……もしかして……」
明菜は拓馬の雰囲気が変わった理由に気付いた。
「拓馬君、今の年齢は?」
「十七歳です……」
「十七歳! 元に戻ったんだ……」
「元に戻った?」
「そうよ! たった今まで、あなたの体の中には二十四歳の拓馬君が居たの。でも消えちゃった……」
明菜は混乱して、消えた大人の拓馬を探すように宙を見る。
「二十四歳の俺……まさか……俺は記憶を失っていたんじゃなくて、大人の俺と意識が入れ替わっていたのか……」
そこまで言って拓馬はハッと気付く。
「今は何年の何日?」
「二〇十二年の八月十六日よ……」
「やっぱり……ここは河川敷だよね」
拓馬に聞かれて、明菜が頷く。
――今日は花火大会の日だ。そしてここはその会場……。
「和也は? 和也は事故に遭ったのか?」
「今、この倒れてきたゲートを頭に受けて救急車で運ばれて行ったわ……」
「行かなきゃ! 和也を助けに!」
「和也君を助ける?」
「そう、和也はまだ死なない。北高近くの交差点で救急車が事故に遭って、それが致命傷になって死ぬんだ。行こうまだ間に合う!」
拓馬は立ち上がろうとして、自転車の鍵と和也の人形に気付く。
――この人形は彩さんのお守り……。
「明菜さん、自転車の場所を教えて!」
「うん!」
拓馬は自転車の鍵と人形を拾い、明菜と一緒に走り出した。
河川敷の一部を利用して造られた、花火大会の特設駐輪場は混雑していた。自転車が狭いスペースに隙間なく停められていて、簡単に出す事が出来ない。手前の自転車から少しづつ出て行っているが、奥にあるものは待つしかない状況だった。
「どうしよう……」
明菜は駐輪場の入り口で呆然と立ち尽くした。早めに会場入りしたので、自転車は奥の方にあるのだ。自転車のある場所まで行くのも人が多くて時間が掛かりそうだった。
「なんとかして持って来よう」
そう言って拓馬が駐輪場の中に入ろうとすると、ちょうど雄二が自転車を取り出して出てきた。
「あっ、雄二!」
「なんだ、お前らこれから帰るのか。まさかホテルにでも行くんじゃないだろうな。今から行ってもきっと満室だぞ」
雄二は拓馬達を見て、嫌味っぽくそう言った。
「たのむ! その自転車貸してくれ!」
拓馬は雄二の言葉を無視して、自転車を奪い取るようにハンドルを掴む。
「やっ、なんだよ! そんなに焦ってるのか」
雄二も奪い取られないように抵抗する。
「あ! あの、今度友達紹介するから!」
揉み合っている二人に明菜が叫ぶ。
「えっ、本当に?」
雄二は半信半疑で怪訝そうに明菜を見る。
「本当よ、友達に可愛い子いるから、今度四人で遊びに行こうよ」
「ホント! いや、マジ? どうぞ、自転車持ってってよ」
雄二は満面の笑みになり自転車を差し出す。
「ありがとう雄二」
拓馬は自転車に乗り出て行こうとする。
「待って、私も後ろに乗せて」
「えっ、でも……」
「ここから北高の交差点までの最短コースを知ってるから」
そう言われて、拓馬は大人の明菜の言葉を思い出した。
――そうだ、明菜さんは裏道に詳しいんだった……。
「分かった、乗って!」
自転車を二人乗りして、二人は河川敷を出発した。
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