第18話 俺が彼女を知らない世界(3)

「こんばんは。拓ちゃん、見舞いに来たよ」


 次の日の夜には、明菜が仕事終わりに拓馬を見舞いに来た。

「あ、こんばんは。お見舞いありがとうございます。板垣さんですね、彩さんから聞いていますよ」

「明菜で良いよ。今までもそう呼ばれていたから」


 明菜はベッドの上で上体を起こして座っている拓馬に近付き、お見舞いのお菓子をサイドテーブルの上に置くと、横に置いてある椅子に座る。彩はまだ来ていなかったので、今は病室に二人だけだ。


――彩さんから聞いていたけど、本当に美人だな。女優さんみたいだ。


 スーツ姿が似合う大人の女性の明菜に拓馬は見惚れてしまう。


「何? 私の顔をじっと見て」

「あっ、いや、何でもないです」


 拓馬は慌てて明菜から視線を外す。


「記憶を無くしたって事は、今の気持ちは高校生なの?」

「そ、そうです……」


 拓馬は恥ずかしくて、まともに明菜の顔が見れない。


「もしかして、お姉さんと二人っきりで緊張してる?」

「えっ、そんな……」

「可愛い! 拓ちゃん、高校時代はこんなにうぶだったんだ」


 顔が赤くなった拓馬を明菜がからかう。


「でも、意識を取り戻して本当に良かった。私と二人で会った後に事故に遭ったから、責任を感じていたのよ。後は記憶を取り戻すだけね」

「二人でって、俺と明菜さんが二人っきりで会っていたんですか?」


 恋人でもない明菜とどう言う理由で会っていたのか、拓馬は気になった。


「そうよ。でも、私達が二人で会うのは別に珍しい事じゃないのよ。元々は彩から紹介されたけど、今は共通の友人って感じだから」


 拓馬の心配を見透かして、明菜は笑顔でそう言う。ただ、珍しい事じゃないと言うのは正しくない。実際に何度も二人で飲んだ事はあるが、それは急に彩が参加出来なかったとか、拓馬が彩との事を相談したい時だけだったから。明菜は記憶を無くした拓馬に、自分との仲を無自覚にアピールしてしまったのだ。


「あ、あの、その時に俺は彩さんの事で何か言っていませんでしたか? 記憶を失う直前に、俺と彩さんの間でトラブルがあったみたいなんです。彩さんはそれが原因で記憶を失ったと思っていて、これ以上俺がショックを受けるのが怖いと言って教えてくれないんです」


 明菜はすぐに和也の話と気付いたが、自分の口から説明する訳にはいかないと思った。


「あの時は食事して世間話しただけだったわ。もしかしたら、気分転換したかっただけかもね」

「……そうですか……それじゃあ、あの、明菜さんから見て俺はどんな奴でした?」

「えっ……どんな奴って?」


 拓馬の質問の意味がよくわからず、明菜は聞き返した。


「早く七年間の空白を埋めたいんです。七年間で俺がどんな人間になっているのか……明菜さんから見て俺はどんな奴でしたか? 悪口になっても構いませんから、教えてくれませんか?」

「うーん、そんな事急に聞かれてもね……」


 明菜はどう答えて良いのか迷った。正直に答えればいくらでも言えるが、それは自分の気持ちを告白するのと同じになる。


――何に対しても一生懸命で信頼できる。彼女でもないのに色々心配してくれる。素直で感情がすぐ顔に出て可愛い。意外とドジな面がある。人が嫌がる事でも進んで引き受ける。

――そして、好きになった人には本当に一途。だが、一途過ぎて他の女性が寄せる好意には気付かない。だから私の気持ちにも気付かず、時に優しさが残酷に思える。


 明菜は頭の中で、拓馬に対する気持ちを思い巡らせた。


「そんな言いにくい程印象悪いんですか?」


 考え込んでいる明菜を見て、拓馬は心配そうに訊ねる。


「あっ、いやいや、良い男だと思うよ。お世辞じゃ無く、悪い印象なんて全然ないし。うーん、でも細かい事は彩に聞けば良いんじゃない? 恋人なんだから良いところも悪いところも、よく知っているだろうし」


 明菜は自分の好意を隠して無難に答えた。


「彩さんに……」

「そう彩に聞くのが一番よ」

「彩さんには聞けません」


 拓馬はそう言って目を伏せた。


「えっ、どうして?」

「彩さんが言えない事って、別れ話じゃないかと思うんです」

「ええっ、いやいやいや、それは無いよ。本当に仲が良い二人だから」

「俺、高二の今まで全然モテなかったから、あんな素敵な人が自分の彼女なんて信じられないんですよ。急に天使が目の前に現れたみたいな気がして……俺がショックを受ける事って彩さんに振られる事だと思うんです」


 拓馬の表情は真剣で、本当にそう思い込んでいると明菜は感じた。


「絶対ないから安心して。それに、もし拓ちゃんが彩に振られる事があったとしたら、私と付き合えば良いよ」

「ええっ」


 悪戯っぽく笑う明菜に拓馬は驚く。

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