第15話 彼女が俺を知らない世界(7)
その公園は住宅街の中にあり、遊具は無く子供のあそび場と言うより、緑地帯の意味で作られた場所だった。ベンチが三つと、木々や草花が植えられているだけの公園だ。
「ごめん、実は和也の死に対しては詳しい内容はわからないんだ」
二人はベンチに座り、話をしている。まず初めに、明菜は和也の死について拓馬に訊ねた。今の段階で必要な情報ではないのだが、明菜には一番気になる事だった。
「じゃあ、わかっているのは花火大会の日に彩を庇って事故に遭ったって事だけ?」
「ああ、まさか過去にタイムスリップするとは思わなかったから、詳しくは聞いていないんだよ」
「花火大会の日って事は会場内でって事で良いの?」
そう聞かれて改めて考えると、確実に会場内と言える言い方では無かったと気付く。花火大会の日に違う場所で事故に遭った可能性も残るのだ。
「いや、花火大会の日って言い方だったので、確実に会場内とは言えないな。その可能性は高いと思うが」
拓馬はそう言うしか無かった。
「そうか……詳しい事がわからないなら仕方ないね。じゃあ、私達の事の打ち合わせしようか。告白はどんな風にした事にする?」
明菜が次の質問を拓馬に訊ねる。今日は拓馬への質問だけで話題が終わったが、いずれ交際についても聞かれる事があるだろうから、その時に困らないようにする為だ。
「明菜のメールアドレスは知らないし、通学路で手紙を渡した事にするか。何なら、手紙を書いてくるよ」
「手紙か……どうせなら直接の告白なんてどう? だって、私、メールや手紙で告白された事はあるけど、面と向かって『好きです』って言われた事はないの。もしそんな風にされたら、ときめいて勢いでOKしちゃうかも知れないよ」
「なるほどね、リアリティが出るかもな」
「じゃあ、やってみせてよ」
「えっ、今?」
拓馬は急に言われて戸惑った。
「当然よ。実際にやらなきゃ説明出来ないわ。私は明日、絶対に聞かれるから」
「そうだよな……ちょっと考えるから待ってて」
拓馬は告白の言葉を考えて、覚悟を決めると、明菜の前に立った。それを見て明菜も立ち上がる。
「あ、あの……通学路であなたを見て、ずっと気になっていました。好きです。俺と付き合ってください」
拓馬は真剣な表情で心を込めて告白した。余りにその演技がリアルだったので、明菜は思わず吹き出してしまった。
「なんだよ、こっちは真剣なのに」
「ごめん、ごめん、そのままで待ってて……」
怒る拓馬を宥めて、明菜は笑いをこらえて真剣な顔を作った。
「あっ、ありがとう……突然で返事に困るな……あなたの事を良く知らないから、友達からでも良い?」
「本当に? ありがとう! 凄く嬉しいよ!」
リアルな演技に釣られて、拓馬は明菜の手を取り喜ぶ。
「もう、調子乗り過ぎよ」
明菜は呆れたように呟いた。
「それじゃあ告白したのは一か月前で、その後はメールや、学校帰りにここで会っていたって事にすれば良いか」
「そうね。それで良いと思う」
二人はまたベンチに座り、交際歴のすり合わせを続けた。
「ずっと辛かったんだろうな」
拓馬がぼそりと呟く。
「えっ?」
「公園に来る前に明菜が言った事だよ。今日実際に二人を見て、俺も辛かったよ。でも、明菜は一年間ずっとだからな。俺なら逃げてしまいたくなるくらい辛かったと思う」
拓馬にそう言われて、明菜は視線を逸らすように前を向いた。表情から感情を読み取られるのを嫌ったのだ。
「一年生の一学期の半ばにね、ある男子から告白されたんだけど断ったの。そしたら、逆恨みされて、ある事無い事言いふらされてね……。私、何でも思った事を口にしちゃうタイプだから、嫌っている人も居てね……その男子の言葉に乗っかって色々とバッシングされたんだ……」
「なんだよそれ、酷いな。俺がその場に居たら、そんな奴らの言う事なんて片っ端から止めて回るのに!」
拓馬は本気で怒っていた。そう言う正義感は人一倍強い男だった。
「ありがとう……。その時に助けてくれたのが、彩だったんだ……まだ友達になってすぐの頃だったのに、それこそ本気で片っ端から止めて回ってくれたの」
「ああ、わかるよ。彩は頑固で自分の信じた事ならとことん貫くから、想像できる」
「ホントそうよね、あの娘」
明菜は視線を拓馬に戻して笑顔になる。
「和也君も彩と一緒に助けてくれてね。何度も励まされて心強かったよ……。中傷が落ち着いた時には好きになっていた。でも、その騒動が二人を惹きつけあったんだけどね……」
明菜の横顔は笑顔を浮かべているが、少し寂しそうに拓馬は感じた。
「二人を見ていて辛いのは本当よ。でもその辛さ以上に、幸せになって欲しい気持ちが強いの。だから私の為だけじゃなく、彩の為にも和也君を死なせたくは無いのよ」
明菜の寂しそうな笑顔を見て、拓馬は慰めたくて思わず抱き締めそうになった。
「明菜は本当に良い女の子だな」
「えっ……」
「過去に飛ばされる直前に会った時にも言ったんだけど、明菜は本当に良い女の子だと思う。きっと幸せになれると思うよ」
拓馬がそう言うと、明菜の顔が少し和らいだ。
「未来の私ってどんな女性だった? 拓馬君から見て素敵だった?」
「ああ、もちろん完璧な女性だったよ。美人でサッパリした性格で、彩がいなければ惚れていたと思う」
拓馬は少しオーバーに即答した。
「そっか……なんだか嬉しいね。それで、幸せそうだった?」
「えっ……それは……」
そう聞かれて、拓馬は一瞬返事に詰まった。
――仕事も順調そうだったし、幸せと言えば幸せなんだろうけど、恋愛的には冷めているようにも感じた。
「ああ、やっぱりいい、聞かない。あんまり未来の事を知り過ぎるのも良くないよね」
「うん、そうだな。それにこれから未来を変えるんだしな」
二人はそう言って笑い合った。
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