第14話 彼女が俺を知らない世界(6)

「俺の事も和也って呼んでくれよ。でも、宿工って恐い印象あったけど、拓馬は親しみ易いよね」

「うちは男ばかりだし、制服も学ランだから、恐い印象あるかも知れないけど、みんな良い奴ばっかだよ」


 彩と和也は、拓馬の存在を歓迎して喜んでいる。それは有り難かったのだが、時々交わす二人の視線は心が強く結びついているのを感じさせ、拓馬は嫉妬を感じた。


「でも、あのクールな明菜が、拓馬君がピンチと聞いたら飛んでいくなんてねえ」


 古沢ちゃんの言葉を思い出した彩が、いたずらっぽく明菜を冷やかす。


「へえっ?」


 急に話を振られて、明菜は素っ頓狂な声を出す。


「ああ、それは俺が期末試験の英語がヤバイんで助けて欲しかったんだけど、悪戯心でピンチなんて大袈裟に言ったからだよ。好きとかじゃなく、明菜は心配してくれたんだと思う」


 明菜が本当の事を話してしまわないように、拓馬は慌ててフォローする。明菜からすれば今日初めて会った男を好きだと誤解されるのは不本意だろうから、出来るだけフォローしなくてはと拓馬は思ったのだ。


「でも、それを聞いて急いでたって事は、明菜も拓馬君の事が好きだからだよ。ホント、私から見ても二人はお似合いだと思うよ」

「俺もそう思っていたんだ。こうして並んでいると、本当にお似合いだよ」

「和也君もそう思う? 私もずっとそう思って見ていたんだよ」


 和也と彩は顔を見合わせて、はしゃいでいる。親友の明菜に彼氏が出来たのが凄く嬉しいのだ。そんな二人を見て拓馬はますます複雑な気持ちになった。


「そうだ、今度の日曜日に、みんなで俺の家に集まって勉強しよう。うちの学校も試験の一週間前で部活も休みだし」


 他の三人に異論もなく、和也の提案した勉強会が決まった。

 明菜と付き合う事になったというイレギュラーはあったが、拓馬の計画は概ね上手く運んだ。明菜は素直に信じてくれて芝居に乗ってくれているし、和也と彩の二人に歓迎されて親しくなれそうだ。だが、本当に難しいのはここからだと拓馬は気を引き締めた。


――彩は俺に好印象を持ってくれたようだが、それは親友の彼氏としての事だ。ここから男としての好意を持たせるようにするのは難しい事だろう。上手く行ったのは確かだが、彩の和也に対する好意は想像以上に強いようだ。俺に向けられていた、恋する乙女の表情を、今の彩は和也に送っている。それを見ていると胸が張り裂けそうなくらいに辛い。これからはそれに耐えないといけないのか。


 その後は主に、二人からの質問に拓馬が答えた。明菜はボロが出ないように聞き役に徹している。聞く事により、明菜自身も拓馬の情報を仕入れていた。

 四人の初対面は午後七時に解散となった。帰る方向がそれぞれのカップル別に同じだったので、拓馬は明菜と自転車で帰宅する事になった。今は人通りの少ない住宅街を並んで帰っている。


「今日は本当にありがとう。上手く事が進んだのは明菜のお陰だよ。未来から来たなんてとんでもない話を信じてくれて、本当に嬉しいよ」


 拓馬は横で自転車のペダルを踏む明菜に礼を言った。


「私も不思議な気分だった。あなたが彩を見た瞬間の顔を見て、なんだかスッと信じられた。あれは本当に恋人を見る目だったから。あなたが本当に彩の恋人だったって思ったわ」

「うん、俺の知っている彩より幼かったけど、間違いなく彩だとすぐにわかったよ」

「辛かったでしょ? あの二人は本当に仲が良いから……」


 拓馬はその言葉が明菜自身に向けられている気がした。和也の事が好きな明菜は何度も辛い思いをしてきたのだろうから。


「悪かったな」

「えっ、何が?」


 拓馬がなぜ謝ったのか、明菜はわからなかった。


「和也に俺と付き合っていると誤解されてしまっただろ」

「ああ……和也君がフリーだったらショックだったかも知れないけど、彩の彼氏だからね……。それに私の方があなたを彼氏だと言ったんだから、逆に謝らないといけないよ」

「俺は自分の都合で明菜に頼んだんだし、少しぐらいのイレギュラーは仕方ないよ。彩に近付けただけでも上出来だと思う。でも、明菜は俺に巻き込まれただけなんだから、本当にごめん」


 謝られた明菜は、前を見て自転車を漕いでいる拓馬の横顔を眺めた。拓馬の横顔は運動部らしい短い髪の、見た目は幼さの残る高校生だったが、明菜は大人の男の逞しさを感じた。


「あれ? 帰る方向はさっきの道を左じゃないの?」


 明菜が驚いて拓馬に聞く。一つ手前の分かれ道で拓馬とは別方向になる筈だったのだ。


「ああ、そうだけど、もう時間が遅いから家まで送るよ。この辺は人通りも少ないし」

「ええっ、大丈夫よ。この時間に一人で帰る事も多いから」

「駄目だよ。こんな暗くなったのに女の子を一人で帰すなんて、俺のポリシーに反する」


 そう言って笑う拓馬を見て、明菜はドキッとした。昔から良くモテて、何度も告白された事はあったが、こんな形で女の子扱いされたのは初めてだったのだ。


「ありがとう……。そうだ、まだ時間良い? そこに公園があるから少し話が出来ないかな。もっと打ち合わせしないと、いろいろ聞かれても話を合わせられないでしょ」

「ああ、そうか……ありがとう。俺の方からお願いしたいくらいだよ」

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