第13話 彼女が俺を知らない世界(5)

「明菜になにをしたの!」


 彩は拓馬を怪しい奴とみて、猛然と食って掛かる。拓馬はこんな剣幕で怒る彩を見るのは初めてで戸惑った。


「もう……落ち着けって。別に明菜が何かされてた訳じゃないだろ」


 一緒に居た長身の男が困ったように彩を宥める。拓馬はその男に見覚えがあった。男は高橋和也だった。


「そうそう、落ち着いてよ。明菜に何もしていないから」


 拓馬は両手を上げて抵抗しない。


「彩、やめて。私は大丈夫よ」

「明菜……本当に大丈夫なの?」


 彩が心配そうに明菜の方を見る。


「その人は私の友達なの……」

「えっ!」


 彩と和也は同時に驚きの声を上げた。明菜は観念して、拓馬の話に乗る事にしたのだ。


「明菜の友達? ……でも、この人私の名前を知っていたよ」

「この娘が親友の彩ちゃんだろ?」


 拓馬は明菜に目配せしながら、そう聞いた。


「そう、この娘が親友の佐々木彩さん。そしてその彼氏の高橋和也君よ」


 仕方なく明菜は拓馬のミスをフォローした。拓馬は心の中で礼を言った。


「ところで、どうしたの? 二人してそんなに慌てて」


 明菜は拓馬のミスから話を逸らせようとした。


「いや、古沢ちゃんから明菜が宿工の男に連れて行かれたって聞いたから、心配して探してたんだよ」


 和也が明菜に返事した。和也は目を引くイケメンと言う訳じゃなく、人懐っこい童顔をしている。第一印象で和也を悪く感じる人は殆どいないだろう。拓馬自身も彩の恋敵じゃなければ友達になりたいと思わせる雰囲気を持っている。そして、なぜかどこかで会った事があるような懐かしさを覚えた。


「俺は明菜の友達の霧島拓馬。今まで盛北まで来た事は無かったから知らなかった……」

「あっ! 明菜の好きな人って、もしかしてあなたなの?」


 拓馬の自己紹介を彩の言葉が遮る。


「ええっ!」


 拓馬と明菜は同時に声を上げた。


「だって、古沢ちゃんが、明菜は『好きな人がピンチだ』と聞いたら顔色変えて校門に向かったって言ってたのよ。それはこの人の事だったんでしょ?」

「い、いや、ちが、違うよ!」


 慌てて彩の言葉を否定する明菜。


「じゃあ、明菜の好きな人って誰よ?」

「あっ、いや、それは……」


 明菜は「それは和也君」とは言えずに、言葉に詰まる。そんな明菜を見て、フォローしたいと思うが何て言えば良いのかわからない拓馬。


「この、霧島君です……」


 言い逃れ出来ずに、明菜はそう言ってしまった。


「そうだったんだ……明菜、付き合っている人がいたんだ……知らなかった……」


 彩はショックを受けた顔で明菜を見る。


「黙っていてごめん彩、その……」

「あっ、それはまだ付き合い出したばかりだから、明菜は彼氏って意識がなくて言い出しにくかったんだと思うよ。もう少ししたら、彩には言うって言ってたから」


 言い訳を考えて口ごもる明菜を、今度は拓馬の方がフォローした。


「彩、立ったまま話すのもなんだし、俺達も何か買ってこようぜ」


 和也が提案して、二人は一階に降りて行った。

 四人掛けテーブルに拓馬と明菜が並んで座り、向いに和也と彩が座る。拓馬に興味深々な二人は席に座るなり、質問を投げかけた。


「学校が違うのに、霧島君は明菜の事をどこで知ったの?」と彩が問い掛ける。

「俺は四中出身なんで、通学路が同じ方向なんだ。そこで一目惚れしたんだよ」


 明菜の彼氏というポジションは、これから彩と親しくなる上で不利なのはわかっているが、今はこの状況を上手く切り抜けるしかないと拓馬は考えた。


「ええっ! 一目惚れ!」


 一目惚れと聞いて彩のテンションが上がる。


「明菜はうちの学校でも、人気が高いんだぜ。他校の人なのに、その明菜を射止めるなんて、霧島君って凄いな」と和也が感心したように言う。

「そうなんだ……。あっ、そうだ、二人とも俺を拓馬って呼んでくれよ。明菜の親友の二人とは俺も仲良くしたいし」


 拓馬の言葉を聞き、二人は顔を見合わせた。


「嬉しい! じゃあ、私の事も彩って呼んで。今度、四人でどこかに遊びに行こうよ。きっと楽しいだろうな」


 喜んではしゃぐ彩を見て拓馬の心は痛んだ。自分を歓迎してくれてはいるが、それはあくまで親友の彼氏としてで、付き合う対象としては見ていないのがわかるから。結果的にこんな関係で彩と近づいたのが良かったのか、拓馬は不安を感じた。でも、今はこれ以外に親しくなる方法がないのも事実だった。

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