第12話 彼女が俺を知らない世界(4)
「七年後には和也君はいない。彼は高校二年の花火大会の日に、彩を庇って事故に遭い、死んだそうだ」
「嘘……和也君が死んだって……えっ、高校二年の花火大会って……」
「そう、今から一か月半後だ」
「嘘よ! どうしてそんな嘘を吐くの!」
明菜は信じられずに声を荒げる。
「落ち着いてくれ。俺は和也君を助ける為に、明菜に協力して欲しいんだ」
拓馬はコーヒーを明菜の方に寄せ、飲むように促し、自分の分のコーヒーにフレッシュミルクを入れてかき混ぜた。明菜は自分のコーヒーにミルクも砂糖も無い事に気付く。
「ブラック派だろ?」
明菜は高校生の姿をしている目の前の男が、もっと年上のような気がした。初めて会った筈なのに自分の事を良く知っている。男の言葉が真実なら辻褄が合うと明菜は思った。
明菜は気持ちを落ち着かせる為にコーヒーを口に運ぶ。すでに冷めていたが、少し冷静になれた。
「七年後のあなたは高校生だったの?」
「いや、それは違う。七年後の意識だけが、高校生時代の体にタイムスリップしたんだ。七年後はちゃんと働いている大人だよ」
「私が和也君の事を好きだって誰から聞いたの?」
「それは本人から聞いた。タイムスリップする直前くらいに。七年後の未来を説明するから、聞いてくれないか」
拓馬は彩と付き合い出した経緯、明菜と知り合った経緯、プロポーズしてから和也の事を知り、彩と喧嘩してタイムスリップした経緯を話した。
拓馬が話している間、明菜は黙って聞いていた。真剣に耳を傾ける明菜を見て、拓馬は信じてくれそうだと安心した。
「すぐには信じられないけど、話の筋は通っていると思う……私はどうすれば良いの? どうすれば和也君の命を救えるの?」
余りにも現実離れしているが、拓馬の話す自分の個人情報の事などから、これは信じざるを得ない状況だと明菜は思った。
「俺が明菜の友達という事にして、出来る限り彩と和也の二人と交流出来るようにして欲しいんだ」
「私とあなたが友達に?」
「和也と彩の二人と知り合いにならなければ助ける事が出来ない。それに俺は和也の命を救って、その上で彩の気持ちを振り向かせて取り戻したいんだ。だから、俺が未来から来た事を黙っていて欲しい。もちろん、明菜が和也を好きな事も秘密にするし」
明菜はどうすべきか迷っていた。嘘を言っているとは思わなかったが、初めて会った拓馬の事を信用して良いか決めかねているのだ。
「もし俺が彩と付き合う事になれば、和也はフリーになる。明菜にもメリットはある筈だ。親友から奪い取る訳じゃなく、遠慮なしに和也に告白出来るんだよ」
明菜は拓馬の言葉を聞き、小さくため息を吐いた。
「わかったわ。協力しても良いけど、そもそもあなたに彩を振り向かせる事が出来るの? 今の彩は心から和也君の事を好きなんだよ」
「それはわかってる。けど、それしか彩に近付く方法が無いんだよ。和也を助けずに、彩が一人になってから付き合い出す方が簡単だと思う。でもそれじゃ意味が無い。一生和也の影に怯えながら彩と付き合い続けないといけな……」
「明菜!」
と、その時、拓馬の耳に聞きなれた声が飛び込んできた。声がした階段の方を見ると、高校生の男女二人がこちらに向かって急いでやって来る。記憶の中より髪が少し長くなっているが、拓馬には少女が誰だかすぐにわかった。二十四歳の大人の成熟した雰囲気は無いが、高校生の若々しい透き透るような肌や姿が可愛く美しいと感じた。
「彩!」
愛する人の姿を見て、思わず拓馬は立ち上がる。知らない男から名前を呼ばれて、彩は驚きと怪訝さが入り混じった、複雑な表情で立ち止まった。
「あなた誰?」
「あっ……」
拓馬は自分のミスに気付き、心の中で舌打ちした。彩の姿を見た瞬間、嬉しさのあまり思わず名前を呼んでしまったのだ。
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