第7話 最愛の人の、忘れる事が出来ない大切な人(6)

「きっと、彩にとって拓ちゃんにも和也君にもマックスなんだよ、愛情が。でもそれって凄い事だと思うよ。だって和也君って本当に良い子で男子からも女子からも凄く人気があったんだから。その青春時代の美しい思い出と同等って、それだけ拓ちゃんの事を彩が好きだって事なのよ」

「そうか……」


 明菜がフォローしてくれているのはわかるが、拓馬はそれでも心の中のモヤモヤが晴れない。


「じゃあ、彩と別れて私と付き合ってみる?」

「えっ?」


 悪戯っぽく笑う明菜を見て、拓馬はドキッとした。

「お前彼氏が居るだろ」

「いつの彼氏? もう別れて今は一人だよ」

「明菜さあ……もっと自分を大切にしろよ。相手をちゃんと選んで、本当に好きになった男だけにしろよ」

「本当に好きになれる男なんていないわ。一人で寂しく過ごすくらいなら誰でもいいから傍に居て欲しいよ」


 明菜は横を向いて呟いた。


「私も好きだったんだ。和也君が……」


 明菜はまた拓馬の方を向き、話を元に戻した。


「えっ?」

「いや、私だけじゃないだろうな、和也君を好きだった娘は。それぐらい魅力的な男の子だったんだよ……」


 明菜は昔を懐かしいんで遠い目をしている。


「あっ、絶対に彩には言わないでよ」


 我に返った明菜が慌てて念を押す。


「彩が羨ましい……あんなに愛していた和也君が亡くなって……凄く落ち込んで……私じゃ立ち直らせる事が出来ないくらいずっと落ち込んでいて……でも、拓ちゃんに逢えたんだからね。あの頃と同じくらい大切な存在になった、拓ちゃんに出会えたんだからね……」

「明菜……」


 彩を羨ましいと思うのは、明菜の本心だった。親友の彼氏に恋をして、告白するどころか想いを伝える事すら出来ない。和也が亡くなった時も、自宅で一人泣く事しか出来ず、人前では親友の彩を慰める役目をするしかなかった。その後に何人かの男と付き合い、体の関係まで持ったが、虚しいだけで心は満たされない。

 羨ましいのはそれだけではない。明菜は今、拓馬に恋している。彩に紹介されて共通の友人として接するうちに、その人柄に恋してしまったのだ。和也以来、ようやく好きになった人はまた彩の彼氏。明菜は人の物を欲しがるような性格では無い。今までに好きになった、たった二人がそのどちらも彩の彼氏だっただけなのだ。むしろ明菜は好きになんてなりたくなかった。こうやって相談される事があっても、好きの一言を伝えられないから。


――神様は不公平だ。どうして私を先に、拓ちゃんに逢わせてくれなかったのか。私も和也君を亡くして、本当に苦しんだのに……。


 そう思っていても、明菜に彩を恨む気持ちはない。元々人を恨むような性格ではないし、相手は大好きな親友なのだから。明菜は拓馬を想う気持ちと同じくらい、彩の事も大切に想っているのだ。


「だから、拓ちゃんはもっと自信を持って」


 そうこれで良いと明菜は自分に言い聞かせた。二人の仲が強く結びついている程、自分の想いを抑えられる事を明菜は理解しているから。


「ありがとう。明菜が彩の親友で良かったよ、本当にありがとう。今夜もう一度彩ときちんと話し合うよ」


 拓馬はすっきりと納得した訳じゃないが、自分達の事を心配してくれる明菜の気持ちを考えると、早く彩と仲直りをしなければと思った。


「明菜って本当に良い女だよな」

「えっ?」


 拓馬の口から出た、意外な言葉に明菜はドキッと胸が高鳴った。


「性格は裏表無くサッパリしているし、他人(ひと)に対しては親身で優しい。スタイルも良いし美人だし、女性として文句の付けようがないよ」

「ば、馬鹿、おだてても何も出ないよ」


 言葉では否定しているが、明菜は顔を赤くしている。


「おだててないよ、本心だよ。実際モテるだろ? 明菜に紹介した俺の友達も絶賛していたし」

「誰にモテようがどうでも良いよ、私が好きになれないんだから」


 明菜にとって残酷な言葉だった。好きな男性からこう言った形で褒められても、嬉しいより辛い気持ちが大きい。


「ずっと俺達の友達で居てくれよな」

「えっ? あ、ああ……そんなの当たり前じゃない」


 そう、それが現実だと、明菜は思い知らされる。自分は恋愛対象ではなく、あくまでも友達なのだ。


「さあ、食べよう。料理が冷めちゃうよ。あなた達の結婚式には絶対スピーチするから、早く仲直りするのよ」


 作り笑いでそう言い、明菜は運ばれて来ていた料理に手を付けた。

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