第6話 最愛の人の、忘れる事が出来ない大切な人(5)

 翌朝、拓馬は寝不足の目を擦りながら車を走らせ会社に向かう。ネットカフェではほとんど眠れず、持って行き場の無い苛立ちで悶々として朝を迎えていた。

 彩から何件もラインが入っている。今は応える気になれず、(今から会社に行きます)とだけ返信した。自分の気持ちを納得させられれば解決出来る事だとはわかっている。拓馬はその納得出来る理由をずっと探し続けていた。

 出社して作業服に着替えた拓馬は、上司との打ち合わせが終わるとすぐに今日の現場へと社用車を走らせる。今日は浄水場に納めた自社製品の点検日なのだ。


――今日のような日にはサービスエンジニアの仕事が有り難い。自分を良く知る人と同じ職場だったら、こんな精神状態では心配されただろう。


 眠気と戦いながら作業し、昼休みになると拓馬は板垣明菜(いたがきあきな)にラインを送った。明菜は彩の高校生時代からの親友で、今は共通の友人となっている女性だ。


(彩の事で相談に乗って欲しいんだ。急で申し訳ないけど、今日の夜は時間ある?)


 しばらくすると返事があった。


(彩から話を聞いたよ。予定を空けるから話をしよう)


 明菜はすでに彩から相談を受けていた。明菜と彩の関係からすれば不思議な事ではない。そういう間柄だからこそ、拓馬は真っ先に相談相手に選んだのだ。それに、明菜も高橋和也の事を知っている筈なので、客観的な意見も聞けるだろうと考えていた。


(ありがとう。本当に感謝します。仕事が終わったら連絡します)


 そう返信して、拓馬は昼休みの残りの時間は食事も取らずに車の中で仮眠を取った。



 夜になり、仕事が終わると拓馬は連絡を取って、明菜の会社近くまで自家用車で迎えに行った。明菜は拓馬に会うなり、「酷い顔ね」と笑う。その言葉通り、寝不足や悩みから拓馬は憔悴し切った顔をしていた。

 明菜と彩は、共に魅力的な女性だがタイプが違う。儚げで庇護欲を刺激される彩とは違い、明菜は長い黒髪が良く似合う凛とした美女で、姐御肌のサッパリとした女性だ。

 拓馬は明菜を乗せて、居酒屋風の和食レストランに入った。ファミリーレストラン程の広さの店内は、平日だからか空席も目立ち、すぐ席に案内された。


「明菜は何かお酒でも飲む?」

「ううん、今日は素面で話を聞くわ」


 明菜の返事を聞き、拓馬はウーロン茶二つと何品かの料理を注文した。


「彩からはどこまで話を聞いているの?」

「うーん、和也君の事を話したって言ってた。あの娘(こ)、和也君の事をあなたと同じくらい大切な存在だって言ったんだって?」


 拓馬は昨晩の、彩とのやり取りを明菜に話した。


「聞いていたのと同じよ。しかし、彩らしいね……」


 拓馬から事情を聞いた明菜は、困ったように小さく呟いた。


「情けないよ、死んだ元カレに嫉妬なんかして……」


 拓馬は自分を恥じるように下を向いた。


「そんなに自分を責めなくて良いよ。拓ちゃんがそう思うのも仕方がない。彩がもっと気を遣って話すべきだったと思う」


 明菜は拓馬の手に自分の手を重ねて慰めた後、「でもね」と話を続けた。


「それが彩だからね……。彩にとっては、嘘偽り無くちゃんと話す事が誠実なんだよ。もし彩が上手に嘘を吐く人だったら、拓ちゃんはどう思う?」

「それは嫌だ」


 拓馬は考えるまでもなく即答した。


「それじゃあ、彩が彩でなくなる」

「そう言う事。馬鹿正直で嫌になる事もあるけど、私達はそんな彩が好きなんだよ」


 明菜はそう言って笑った。

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