第4話 最愛の人の、忘れる事が出来ない大切な人(3)
やがて彩がシャワーから戻ってきた。部屋着のスウェットを着て、リラックスした格好だったが、その表情は固いままだ。彩は口を付けた様子の無いコーヒーを見て、拓馬の気持ちを想った。無言で拓馬の前に座り、小さな声で「ごめんなさい」と呟く。
「その元カレの事をもっと詳しく教えてくれないか?」
拓馬は彩に頼んだ。相手の事を良く知らずに想像していると、どんどん悪い方に考えてしまう。イケメンで頭も良く性格も完璧で、とても自分では太刀打ち出来ない男に思えてしまうのだ。相手の話をよく聞いて、落ち着くべきだと拓馬は考えた。
「わかった」
彩は素直に従った。彩も元カレの事を拓馬に良く知ってもらい、自分の気持ちを理解して欲しいと思っていたからだ。
忘れられない大切な人とは言え、元カレは過去の人間だ。その為に現在愛している拓馬との関係を壊す事は、絶対にしたくはなかった。
彩はリビングに行き、本棚にしまっていた高校の卒業アルバムを手に戻ってきた。
テーブルに座るとアルバムをめくり、部活のページを開いて拓馬に差し出す。開かれたページに載っているバスケ部の集合写真から、中心に座る一人の生徒を彩は指差した。
「高橋和也君。私が高校時代に付き合っていた人よ」
彩は辛い過去を思い出したのか、今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。
「ごめん。辛い過去なんだな……」
少し冷静になった拓馬は罪悪感を覚えた。自分がもっと広い心を持っていれば、彩を悲しませる事もなかっただろうにと。
「ううん、拓ちゃんは何一つ悪くない。こうして話を聞いてくれるだけでも嬉しいよ」
彩は作り笑いを浮かべた。
「和也君はバスケ部のキャプテンで勉強もトップクラス。少し個性的で一緒に居て楽しい、優しい男の子だったよ」
拓馬は写真の和也を見た。イケメンではないが、いかにも人当たりの良さそうな、性格の良さが顔に表れている。会った事は無いはずだが、拓馬はなぜかどこかで見たような懐かしさを覚えた。
和也の横には、今より少し髪が長い彩が笑顔で座っている。彩は高校時代にバスケ部のマネージャーをしていたと聞いていた。二人は同じ部の一員だったのだ。
「一年の夏に告白されたの。その頃の私はまだ好きって気持ちは無かったけど、凄く良い人なのはわかっていたからOKして付き合い始めたわ」
拓馬は出来るだけ気持ちを抑えながら、彩の顔を見つめて話を聞いている。彩は少し笑みを浮かべながら淡々と話し続けた。
「付き合いだしてからは私もどんどん和也君の事が好きになっていった。私達は人目も気にせず暇さえあれば一緒に居たの……」
彩の口から好きと言う言葉が出た瞬間、拓馬は心が痛むのを感じた。過去の事とは言え、自分の愛している女性が他の男の事を好きだと言うのは耐えられない程苦しい。
「付き合いが長くなればなる程、私達はもっとお互いを好きになっていった。卒業してもずっと一緒に居ようと誓い合っていた……」
彩は急に悲しそうな表情を浮かべた。
拓馬の中でこれ以上聞きたくない気持ちと、全てを知りたい気持ちがせめぎ合う。
「二年生の夏、花火大会の日、和也君は私を助ける為に、事故に遭って死んでしまったの……」
彩の顔が辛さに歪む。
拓馬と彩の地元では、夏休み期間に、有名な花火大会が市内の河川敷で開催される。拓馬は高校二年の花火大会の日は部活の友人と海に行っていたので、事故があった事は知らなかった。
「それからの私は抜け殻みたいに生きていた。ただ、食べて寝て生きているだけ。心から笑う事も出来ず、楽しい事は何も無かった……」
「彩……」
辛そうな表情の彩を見ているのは、拓馬も辛かった。
「そんな私の前に拓ちゃんが現われてくれた。笑えない私に、あなたは一生懸命尽くしてくれた。私が何回も何回も断っても諦めずに傍に居てくれて、私の凍った心を溶かしてくれたの……。あの時にちゃんと話しておけば良かった。でもこんなにあなたを好きになるなんて思わなかった……」
彩は泣きそうな顔で拓馬を見た。
「あなたが誰よりも好き。言葉に出来ないくらい感謝もしてる。でも、和也君とは比較が出来ないの」
二人は黙ったまま見つめ合った。
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