第4章 その4
息を潜めてから、太陽が少し動くだけの時間が経った。
空が燃えるような炎が巻き起こった時にはいてもたってもいられず、よほど追いかけようかとも思ったが、自分の身を守ってくれというハッシュの厳命には背けず、今もこうして茂みに隠れている。
足手まといになるのはごめんだ。
しかし、リーザの作戦がうまくいくかはわからない。
隔靴掻痒に苦しんでいたナルは、小柄な人影が近づいてきていることに気づいた。
「ナルちゃん」
自称ハッシュの弟子は、ナルの手を取り、苦しそうにこう言った。
「お願い。たぶん、わたしじゃ駄目だから」
理由も状況も聞かなかった。ナルはリーザの肩を借り、森の中を急いで移動した。
電撃による麻痺はだいぶよくなっていたが、まだ少しふらつく。それをもどかしく感じながらも、ナルは木々が焼け落ちたその現場に到着した。
ハッシュが膝をつき、地面に落ちた何かを見ていた。
それが、スノードロップの纏っていた衣服だと気づいた時、ナルは駆け出していた。
「あ、ナルちゃんあぶな」
「へぶ」
足がもつれて無様にすっ転んだ。しかし、泥を噛みながらも、ナルは即座に立ち上がって前へ駆けた。チームスノードロップの荷物持ちは、この程度では止まらない。
ハッシュは目から涙をこぼしていた。少なくとも、ナルが生まれて初めて見る、彼の涙だった。
「ハッシュさん」
名前を呼ばれたハッシュが、ナルを見て、唇だけを震わせた。迷子の子供が、自分に声をかけてきた誰かを、頼っていいのか考えあぐねているような表情だった。
ナルが、ハッシュの頭を抱き寄せた。一瞬だけ身体をこわばらせたハッシュは、
「…………ナル」
「はい」
ナルの胸に顔をうずめ、声を上げて泣いた。
ナルは両腕に力を込めて、ハッシュを抱きしめた。大きなはずの身体が、今はひどくか細く感じられた。
きっと、これが必要なことだったのだ。
仲間を皆失ったあの日、自分はさんざん涙を流したけれど、ハッシュはひとつも泣くことができなかった。
あの時、ハッシュには泣ける場所がなかった。本当なら、あの時、こうして声を上げて泣き喚くべきだったのだ。
ナルの視界の端に、金色の頭が映った。
そろそろと近づいていたリーザが、そっと手を伸ばして、ハッシュの頭を撫でた。虎をあやすような慎重な手付きだった。
横目で伺うと、何を思ったのかこちらに笑いかけてくる。
ナルはぷいと顔を背けると、ハッシュの赤銅色の髪に頬を預けた。
リーザの体温が、肩に乗ってきた。
不思議と悪い気分ではなかった。
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