第2章 その8
「セリオさんって、プリムさんのこと、好きだったのかな」
リーザが唐突に言葉を投げ、ナルが聞き咎めるように返事をした。
「なんでそう思うんですか」
フーザを離れ、次の街へと続く街道でのことである。
あのあと、彼らを手伝ってプリムを埋葬させ、その日のうちに出立をしていたのだった。
「僧侶のシオンさんが
「だとしても、そんなのわたしたちが首を突っ込む話じゃないでしょう」
「そうかもだけど、もう十分首突っ込んだし、それくらい気になるのもしょうがなくない?」
先頭を行くハッシュの前に回り込んで、訊ねる。
「先生はどう思います?」
「ちょっと……」
目を三角にするナル。ハッシュは少し目を伏せ、歩みを止めないまま言った。
「好意が人を救うとは限らない」
首をかしげるリーザに対して、説明を追加するように続ける。
「特別な相手に対して、目が曇ってしまうことはよくある。冷静な時ではしないような、間違った手段を取ってしまうことも。だから、外野からはただ愚かな行為に手を染めているだけのようにも見える」
「恋は盲目ですね」
「だが、当人にとっては大切なことだ。たとえ外から見れば間違っていることでも、当人が正しいことだと信じているなら、そこには一定の価値がある。同じように、俺はプリムが誰に好意を持たれていたとしても、彼女を遺体に戻すことに価値があると信じた」
そこでハッシュは、後ろ向きに歩き続けるリーザの目を見た。
「だから、セリオが誰のことを好きでも、関係がない」
リーザは少し考えると、ちょこちょことナルのそばまで戻ってきて、
「もしかして、わたし、叱られてる?」
「知りませんよ……」
こそこそと内緒話をしている少女二人に背を向けたまま、ハッシュは独り言のようにしゃべっている。
「プリムは、あのパーティのリーダーだったらしい。真面目なリーダーは、特定のメンバーに肩入れしすぎるのを避ける傾向がある。セリオが彼女に好意を寄せていても、それを伝えることはできなかったかもしれない。……すべて想像だ。事実だけを見れば、白燈石のせいであのパーティはリーダーを失い、
その行動は、好意とか絆とか克己心と呼ばれる情動によってもたらされたはずだ。そしてもとをたどっていくなら、あの時、キャリブレでワイバーンを倒したハッシュたちの行動が、彼らの衝動を刺激し、白燈石による戦力の増強を促したかもしれない。
もっと上に行きたい。それは、セリオが語っていたことだ。そして、冒険者なら多かれ少なかれ、胸に抱いている気持ちでもある。その当たり前の感情が、安易とも取れる、アイテムによるレベルアップに向かっていったのかもしれない。
それは想像にすぎない。だが、想像することは罪でもない。
「想像をするなら、自分の都合のいいように考えろ。セリオはプリムのことを愛していたし、プリムは立場上、セリオのことを特別扱いできなかった。そんな中、プリムが命を落として、セリオはなんとか彼女を生き返らせたくて、白燈石を盗んだ。本当に生き返るとは思っていなかったかもしれない。しかし、せめて自分の気持ちを伝えられるくらいに正気を取り戻してほしくて、最後まで解呪に抵抗した」
「おお……」
そんな感じがすると顔で言っているリーザ。呆れたようなナル。
「ここで何を言っても、セリオたちには何も影響がない。理屈と想像をこねくり回して得をしているのは、リーザ、おまえのほうだ」
「わ……わたしですか?」
意表を突かれたように、リーザが自分の鼻先を指差した。
「冒険者なら、事実と想像を分けろ。そしておまえの想像は、探索や戦闘に関係することでもない。他人の感情で架空の地図を作って遊んでいるだけだ」
人の心を玩具にしていると言わんばかりの宣言に、さすがにリーザが肩を落とした。元気に歩いていた足が止まる。
「ハッシュさん」
ナルが口を挟んで、ハッシュがバツの悪そうにリーザの前に立つ。
「……あんなものを見て、ショックがあるのは当然だ。だが、冒険者をやっていれば、後味が悪い結末はいくらでもある。だから、想像の中ではできるだけ都合の良い解釈をしてしまうのが、心を守ることにつながる……そう、思う」
「……、はい!」
「リーザさん、今の話、全部昔のリーダーの受け売りなんですよ」
「え? そうなの?」
告発するようなナルに思わず目を向けるハッシュ。いたずらっぽく笑うナル。
「それって、昨日聞いたスノードロップって人?」
「はい。ハッシュさん、先生をやるなんて初めてだから、とりあえずスノーさんの話を真似してるんです」
「先生、その人のこと好きだったんですか?」
遠慮会釈なく突っ込んでくるリーザに、ハッシュは珍しく憮然として、さっさと先に歩んでいってしまう。
「あ、待ってくださーい!」
それを追いかけるリーザ。二人を眺めて、マイペースで歩き続けるナル。
その唇から、吐息のように言葉がこぼれた。
「わたしは、どう思われてるのかな……」
鈴を落としたような声は、背後から吹いてきた春風に溶けて消えた。
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