第2章 その4

 武器商会の隣には、道具屋があるのが一般的である。商いとしては別系列だとしても、主な顧客である冒険者からすれば、それらが併設されていることによる恩恵は大きい。

 道具屋に入ったリーザは、先ほどと同じように、陳列されている商品をわくわくして眺め始めた。

 しかし次第にその眉が寄り、唇に手を当て、挙動不審になっていく。


『抑制の衝球』四〇〇ゴルド。『カドラの霊水』五〇〇ゴルド。『瓶詰め沼湖』三五〇ゴルド。

 高い。どれもこれも、見事なまでに高額な価格が貼り付けてある。


「これ、この前、ナルちゃんが使ってた道具ですよね。こんなに高価なんですか?」


リーザが畏怖するように『瓶詰め沼湖』を指差した。


「戦闘でまともに使える道具というのは、たいていがハンドメイドの希少品だ。錬金術士がひとつひとつ手間をかけて作るから、価格も相応になる」

「はー……」


 ナルは陳列棚を見回し、必要な道具を見繕っていく。『瓶詰め沼湖』をはじめ、先日の戦闘で使用した道具もあったが、もれなく高かった。

 ふと、ナルの視線が一点で止まった。

指輪だった。卵型にカットされた、大きめの宝石があしらわれている。オパールのように白いが、輝きはくすんでいるようにも見える。もちろん装飾用ではない。


「ハッシュさん」


 呼ばれたハッシュが、指輪を目にし、眉間に皺を寄せた。


「店主、これは」

「お目が高い。これはつい五日ほど前に仕入れたものでして。あれですよ、『白燈石はくとうせき』と呼ばれている、例の」

「白燈石?」


 リーザが鸚鵡返しに訊いた。

 痩せぎすの店主は揉み手をしながら石の来歴を説明する。

 ありていにいえば、装備者への魔力増幅器。それが白燈石である。


 錬金術士にとって垂涎の素材といえば、賢者の石、エリクサーなどと呼ばれる万能の魔術具である。それらの存在はいまだに伝説上のものでしかないが、ごく最近になって、その劣化版とでも言うべき宝玉が確認された。

 白燈石と呼ばれるそれは、身につけて呪文を発動させるだけで、その効果が増幅されるという。『癒術ヒーリング』なら対象に触れる必要なく複数の相手を癒やすことができ、『火礫フレアビット』なら、生じる火球の数が増加する。

 まことしやかに囁かれているそんな噂は、現実に使用している者たちがいるという具体的な情報を伴って補強され、確定事項として広まっていった。それは特定の地域だけではなく、大陸の各所からほぼ同時に広まり、噂を口にする者も宮廷魔術師からモグリの薬師まで、多岐に渡っていた。つまり、白燈石はこの世にひとつだけの存在ではなく、複数存在している。

 ここにある石も、そのひとつだという。


「へー、そんなすごいものがあるんですねー」


 無邪気に感心するリーザは、その指輪に付けられている価格を見て、目を剥いた。


「って、二四〇〇ゴルド⁉ 高い!」

「いやー、しかしお客様、これでも勉強させて頂いてるほうなんですよ。王都の方では、三〇〇〇を超える値を付けたという噂もありますし」

「三〇〇〇! えっと……このダガー五〇本分⁉」


 先ほど買ったばかりの得物に目を落とし、スケール感をなんとか確認しようとするリーザ。

 それをよそに、ハッシュが店主の説明から漏れていた部分を補足している。


「白燈石は万能ではない。もし何の制限もなく魔力の増幅ができるなら、街をまるごと買える値がついても不思議ではない」

「え? でも、この値段……」

「白燈石は、使用者の命を蝕むと言われてるんですよ」


 ナルがハッシュの言葉を引き継いだ。


「使う度に寿命が縮むとか、悪霊に取り憑かれるとか、突然発狂するとか、そういう噂もいっしょについて回ってるんです。でしょ?」


 店主はきまり悪そうに頭を掻いている。


「いえ、べつに隠すつもりはないんですよ? まあ、噂ですし」

「無限に使えるわけでもないって話ですよね?」

「まあ、それも、一説には……」

「いくらになる?」


 ハッシュが単刀直入に訊いた。


「え、先生、これ買うんですか?」

「い、いえ、お客様、こちらはお値引きにはちょっと応じかね……」

「一八〇〇でどうですか?」


 ナルの提案に、店主は目を見開いた。


「む、無茶ですよ!」

「そんなに売りたいなら、もっと目立つところに置いておくべきでしょう? でも、呪いの宝石と言われるものを大っぴらに見せるのもはばかられるから、こんなところに陳列しているんですね。噂をよく知らない素人に売りつけたいから、お客を見てさりげなく勧めようという魂胆ですね」

「いえ、そんなことは……」


 ナルは断頭台に立つ刑吏のように冷酷に告げる。


「噂といえば、つい先日、白燈石について王宮に直訴が届いて、売買が禁止になるかもしれないと聞きましたね。もしそうなれば、お店にとってこれはガラクタ同然、無理に売りさばけば縛り首……」

「そ、それは……」


 店主の顔色が青ざめた。追撃するようにナルがナイフのように数字を差し込む。


「一九〇〇で」 

「せ、せめて二三〇〇……」

「二〇〇〇」

「き、昨日購入された方に申し訳ありません。どうがんばっても、二二五〇が限界です」

「ハッシュさん、すでに犠牲者が出ているみたいですよ」

「それは問題だな」

「わ、わかりました! 二二〇〇でどうですか⁉ これ以上は私もどうにもできません」


 ナルはハッシュを横目で見た。


「わかった。もらおう」


 商談が成立した。

 他にいくつかの魔法マジックアイテムを補給して、一行は店を後にした。白燈石は、ナルが大事にリュックサックの奥にしまい込んだ。


「さっきの噂、本当なんですか?」


 興味深げなリーザの質問に、ハッシュは短く答える。


「ああ」

「わたし、先生が呪われたらイヤですよ」

「安心しろ。使うつもりはない」

「あ、なら安心ですね! ……え? じゃあ、なんで買ったんですか?」


 当然の疑問に、ハッシュは沈黙で答えた。

 ナルに目を向けるが、そちらもだんまりを決め込んでいる。

 しばらく、無言のまま歩みが続けられた。

 何か話題を切り替えたほうがいいかとリーザが考えた時、ハッシュが口を開いた。


「あの時、ワイバーンを喚んだ召喚士サモナーがいたことを覚えているか」

「召喚士……ああ、はい!」

「その男が、指輪を持っていた」


 懐から、見覚えのある白い宝石の指輪を取り出した。

 だが、その石は美しかった純白が褪せ、大きくひび割れている。


「召喚士さんが、この指輪で魔力を増幅したから、ワイバイーンが喚べて、……え? じゃあ、石が呪われてたから、ワイバーンが暴走しちゃったんですか?」

「少し違う。白燈石は、確かに魔力を増幅する機能があるが、それは無限に続くものではない。どこかのタイミングで、石が暴走する時がくる。その時、呪文は術者のコントロールから離れ、召喚獣の反抗や攻撃魔法の暴発を招く」

「タイミングって、どれくらい使った時ですか?」

「石によって違う。何十回と使っても問題ない場合もあれば、最初の一回で暴走するかもしれない。どちらにしろそうなれば、こんなふうに石は割れて二度と使えない」

「へぇ。……ん? 先生、どうしてそんなに詳しいんですか?」

「この石を作ったのは、俺の昔の仲間だ」

「え」


 昨日の天気を思い出すように、ハッシュはこともなげに続けた。


「研究中に、偶然製法を見つけたらしい。仲間の魔術師が実験台にされて、今言った特性を見つけ出した。最終的に三個残ったが、それが散逸して、どこの誰とも知れないが、今使われてしまっているんだろう。もっと言えば、魔力の増幅だけではなく、五感が鋭敏になったり、身体的なスキルの向上ができる場合もある」


「すごい……そんなすごいものを作れる人が、先生のパーティにいらっしゃったんですね! どんな人なんですか?」


 ハッシュがちょっと黙り、ナルが代わりに口を挟んだ。


「ひどい人でした」

「……へー」


 それ以上追求することをやめ、リーザは顔を明るくする。


「じゃあ、先生は、この前の召喚士さんみたいになる人が出ないように、指輪を買ったんですね! 偉いです! さすがです!」

「……もとは仲間の不始末だ。できることなら、すべて回収したい」

「あれ? でも、全部で三個残ってるんですよね? ここに一個、今日買ったので一個、昨日誰かがさっきのお店で買ったっていうので一個……。もう三個わかったじゃないですか! やりましたね先生!」


 意気込んでいるリーザをよそに、二人は浮かない顔をしている。


「俺たちが白燈石を買ったのは、今日で五度目だ」

「……え?」

「私たちが五個買って、同じ店で誰かに買われたのがもう一個、召喚士が持ってたのが一個……全部で七個あるんです。少なくとも」


 ナルが補足する。


「えっと……どれか、偽物とか?」

「少なくとも、これまでに購入した四個は本物だった。ワイバーンを召喚したこれも、状況からして本物だろう」

「じゃあ、……その、最初に作った人が、追加で作ったとか?」

「そいつはもう死んでいる」

「え……」

「だが、石そのものの数は増え、世の中に出回っている。誰かが新たに作り出しているのは間違いない」

「でも、それが誰かはわからないし、いくつ作られたのかもわからない。だから、とりあえず見つけたら回収するだけしてるんですよ」


 ナルがどこか疲れたように言った。

 石の割れた指輪を懐に戻し、ハッシュは話が終わったというように街路に並ぶ看板を見上げた。


「食事にするか」

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