第1章 その4
「冒険者のみなさーん! おはようございまーす! 今日はお忙しい中、キャリブレの『猪
キャリブレの城門外で、壇上に立った司会役の女性が快活に叫んでいる。周囲には、四人を一単位として集められた冒険者達が、あるいは気だるげに、あるいはやる気満々な様子でアナウンスを聞いていた。
「《
ノリのいい者の中には、同意の声を上げて司会者の笑顔をもらっている奴もいた。
「名前の由来は、長い舌で虫をこそぎ取るように捕食するからとも、その肉が骨までしゃぶりたくなるくらい美味であるからとも言われています! みなさんが頑張って駆除してくれればくれるほど、私とみなさんのお腹はいっぱいになるんです! がんばってくださいよ! ほんと!」
聴衆がまた沸いた。城壁寄りに集まっているのは、市民だろう。抜け目なく砂糖水を売ったり、屋台を出している者もいる。
害獣駆除の形ではあるが、街の者にとっては楽しみなイベントであるというのは、本当のことのようだ。
「それではさっそく、始めちゃいましょうか! タイムリミットは午睡の鐘が鳴るまでですよ! ズルは駄目ですからね! じゃあ、位置についてー、よおーい、……スタート!」
号令とともに、冒険者どもが南の森に向けて平原を走り出した。
つい先ほど結成した即席パーティは、セリオを先頭に、リーザ、ハッシュ、ナルの順で他のパーティの流れに乗って駆けている。すべてのパーティの最後尾には記録係としてキャリブレの人間が付いているため、平原にいる人数はだいぶ膨らんでいる。
「こんなにたくさん人が向かっていったら、猪もびっくりして逃げちゃいませんかね?」
素朴なリーザの疑問に、ハッシュが答えた。
「
「へー、そうなんですねー」
そんな会話をしているうちに、先行していたパーティは早くも会敵したようだ。前方から、威勢のいい冒険者の声と、獣の断末魔が響いてきた。
「こっちにも来るぞ!」
先頭のセリオが叫んだ。まだ森の手前の平原だが、暗褐色の太い毛を逆立てた猪たちが、続々と森から出現して、こちらへと猛進してくる。
事前の打ち合わせ通り、四人は陣形を変化させ、敵に対して横に広がるように展開した。
だから、縦列隊形を取っていては、直線上の仲間すべてが同時に危険にさらされることになる。そのため、あらゆる敵に対して当てはまることだが、相手を囲い込むように分散したほうがいい。
一体の猪が、ナルを目掛けて文字通り猪突猛進した。
ナルは落ち着き払って相対し、十分に相手を引きつけてから、サイドステップで回避する。リュックサックが肩から少しずれ、身体を上下に揺すって背負い直した。
勢い余った舐り猪は、急制動をかけると再びナルへ向き直り、突進を再開する。
ナルの眼前に、再び猪が肉薄した。
瞬間、横合いから飛び込んできたハッシュが、杖を振るって猪の頭をしたたかに打ち抜いた。
杖の先端が見えないほどの速度だった。
急所を砕かれた猪は、数歩進んでから横倒しになり、動かなくなった。
「や……やるじゃん」
びっくりしたようなセリオが、猪とハッシュを見比べながら言った。
「久しぶりの戦闘ですけど、大丈夫ですか?」
ちっとも心配していないふうなナルが、意地悪げに笑っていた。
「すごいです先生! さすがトロル百体斬り!」
「えっなにそれ」
ハッシュは感触を確かめるように、杖を何度か右手だけで素振りしている。
「少し打撃が遅れたか」
そんなふうに独りごちている。
その間にも、続々と森から猪たちが飛び出してきていた。
こうなってくると、分散したことで、一人が集中攻撃を受けてしまう危険が出てくる。
ハッシュはナルをカバーするように立ち、セリオとリーザは互いに背を向け、周囲を警戒できる位置取りになった。これで二人×二組の体制となる。
猪がセリオの正面に駆けてきた。セリオはベルトに差したダガーを抜剣し、
「来るぞ!」
と、後ろのリーザに注意を促した。
突進する猪に対しては、ナルのように引きつけてから横に回避するしかない。そしてその正面に比べて、
突風のような舐り猪の攻撃を躱しざま、セリオはダガーを滑らせるように毛皮に差し込んだ。
浅い。首を狙ったのだが、わずかに軌道が逸れ、肩口を切り裂いたのみに終わった。
しかし後方のリーザが後を引き継ぐ。敵の勢いを利用して、ショートソードで太い首を斬り裂くことに成功した。
猪はリーザを新たな標的と設定したようだった。怒りを顕にして荒い唸り声を上げ、突撃の構えをとる。
その瞬間、ふいに飛来してきた小瓶が、その足元で弾けた。
中に入っていた蒼い液体は驚くほどの体積を伴って広がり、地面を濡らして一瞬のうちに
突進をしようとしていた猪は、突然足場を崩されてその場に横転する。
もがきながらも立ち上がろうとする猪の眼窩に、リーザの剣が突き立った。体重をかけてさらに深く突き込まれ、ひねるように剣が抜かれた時には、猪は完全に絶命していた。
「やった……」
思わず漏れた快哉の言葉を、リーザは援護をしてくれた相手に向けてもう一度言った。
「やったよ! ナルちゃん!」
リュックサックから取り出した小瓶を両手に構えたナルが、微妙な表情でそれに応じる。
「あんまり無理しないでくださいよ……? 必要ないですし」
リーザのそばに歩み寄ってきていたセリオが、しみじみといったようにつぶやいた。
「こりゃ、俺らの出番ないか」
その視線の先には長身の赤髪男がいて、リーザたちが一頭討伐している間に、すでに三頭の猪を屠っていたのだった。
「わ、すごい」
心なしかリーザもちょっと引き気味に賛辞をつぶやく。ついてきた記録係は、怪物を見る目をハッシュに向けている。
その間にも、ハッシュは迫る猪を一撃で倒し、周囲の猪がいなくなると、ナルに獣寄せの香をぶちまけさせ、さらに根こそぎにしていった。
赤子の手をひねるように死骸の山を築くハッシュは、平原を見渡して獲物がいなくなったことを悟ると、こう言った。
「そろそろ森に入るか」
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