第1章 その3

盗賊シーフ》のセリオは、詰め所として与えられた部屋の硬い椅子に座り、ため息をついた。

 キャリブレの祭典、年に一度の《ねぶり猪》狩り。その当日である。

 本来なら、彼らのパーティ四人全員で参加するはずだった。

剣士ソードユーザー》、《僧侶プリースト》、《魔術師ウィザード》、そして《盗賊シーフ》。まだまだ駆け出しとはいえ、何度か大きな仕事もこなしていて、弾みを付ける意味でも、今回のイベントには皆乗り気だったのだ。

 しかし、前日に食べたキノコに当たったのが運の尽き。一人で夜の街で遊んでいたセリオ以外の三人は、今朝方からずっとベッドの上で唸っている。

 仕方がないのでセリオも今日の狩りは諦めて、屋台のハシゴでもしようかと思っていたのだが、リーダーから命令が下った。参加費用はすでに支払ってしまっているのだから、一人だけでも参加して元を取ってこいと。

 イベントの参加は四人一組だが、都合よく人を集められる者ばかりではない。だから、セリオのようなあぶれ者は、この詰め所に待機して、同じようなあぶれ者と組まされて臨時の四人パーティになるのだった。

 だが、今回の仕事は迷宮探索でも宝探しでもない。《猪退治》である。盗賊風情が活躍するというビジョンを持っている者など皆無だろうし、セリオ本人もそう思う。

剣士ソードユーザー》や《狩人ハンター》といった戦闘要員が詰め所にやってきても、「《盗賊シーフ》かー……。いや、オタクが悪いわけじゃないんだけど。タイミングっていうか適材適所っていうか」みたいなことを言われてしまい、結局セリオ以外で四人組が幾度となく作られ、この詰め所を立ち去っていった。

 リーダーの吝嗇りんしょく主義を恨みつつ、セリオはもう一度ため息をつく。「いやー誰とも組めなかったよあはは」とごまかして(真実ではあるが)宿に帰ろうかとも思ったが、「そんなに猪が怖かったのか」と冷たく嗤われる未来にちょっと胸が悪くなった。我らがリーダーは口が悪い。

優勝賞金は二千ゴルドだが、実は十位までは賞金が出る。出場さえすれば、何かの間違いで十位内に入賞する可能性もゼロではない、というのがリーダーの考えなのだろうが、セリオにとってはいい迷惑である。

 そんなとりとめのないことを考えていると、ふいに部屋の外に気配を感じた。

 扉が開かれると、三人の男女が部屋に入ってくる。


「こんにちは、わたしたちとパーティ組みませんか?」


 先頭に立っていた金髪の少女が、朗らかに訊いてきた。えらく小柄だが、腰には剣を差している。自分のような盗賊という可能性もあるが、この際剣を使えるならなんでもいい。

 その後ろに続くのは、赤錆色の髪をした、長身の男だった。わずかに身をかがめて入り口から入ってきて、部屋内に視線を走らせた。

 セリオと目が合った時、電撃的に悟るものがあった。この男はかなりの使い手だ。職業柄、他人の力量には敏感になっているという自負がある。何度か仕事で出会ったベテラン冒険者と同じ雰囲気を、目の前の男から感じていた。

 待っていたかいがあったかと、内心で盛り上がるセリオ。

 最後に部屋に入ってきたのは、……よくわからないが、巨大なリュックサックを背負った黒髪の少女だった。特に武装しているような様子はない。そもそもこの子は頭数に入っているのだろうか。


「わたしたち三人がいたら、あなたも四人組になりますよね? ぴったり!」


 金髪が手を合わせて嬉しそうに言った。黒髪は従者などではなく、パーティの一員らしい。

 とりあえず少女二人の実力は未知数だが、長身の男だけでも頼りがいがありそうだった。イベントの開始まで時間がない今、拾う神が現れたと考えるべきだろう。


「ああ、助かるよ。《盗賊シーフ》のセリオだ。今日はよろしく頼むぜ」


 立ち上がって、最初に自己紹介をした。

 金髪、長身、黒髪がそれぞれ名乗った。セリオはハッシュと名乗った男に向き直り、


「あんた、いいガタイしてるな。頼りにしてるぜ。《剣士ソードユーザー》か?」

「いや、違う」


 ハッシュの声は、予想よりも若かった。セリオとそう離れた歳ではないのかもしれない。


「そういや、剣を持ってないな……。ん? 杖……? ってことは、」

「《僧侶プリースト》だ」

「プリ…………、いや、むしろ助かる! こんなお遊びで怪我してもつまんねーからな。さっきも、ここに来た《僧侶プリースト》はすぐスカウトされていっちまったよ」


 冒険者にとって、傷を癒やすことのできる《僧侶プリースト》は文字通り生命線である。あらゆる場所、目的を問わず、非常に大きな需要を持っている。だからこそ、どんなパーティでも《僧侶プリースト》を確保し、活用できる体制を作っておくのが絶対のセオリーだ。


「先生、《僧侶プリースト》だったんですねー。杖も似合ってます」


 何故か、仲間のはずの金髪少女が、初めて聞いた情報だと言わんばかりに感心している。

 セリオは聞き流すことに決めた。


「……まあ、そうそう怪我するようなヘマはしないつもりだけどな。もしもの時はよろしく頼むぜ」

「ああ。怪我はいつでも『癒術ヒーリング』で治せる」

「そりゃありがたい。ついでに聞くんだが、『聖盾プロテクション』は使えるか?」


 パーティのメンバーに対し、一定時間反応速度と防御力の底上げができる術である。


「いや」

「そうか、まあ、上級の魔法だからな。じゃあ、『再生術オーバーヒール』はどうだ?」


 死にかけているような怪我も、たちどころに直してしまう術である。


「いや、無理だ」

「そうか……。まあ、そんな大怪我はするつもりはないがな。じゃあ逆に、どんな術が使える?」

「『解毒リフレッシュ』」は覚えている」

「そりゃいい。森の一部には、毒の花が群生してる場所もあるらしいからな。他には?」

「終わりだ」

「え?」

「俺の使える魔法は、『癒術ヒーリング』と『解毒リフレッシュ』。それで終わりだ」

「…………そうか」


 それ以上言葉を継げなくなったセリオに、リーザが快活に話しかけた。


「改めまして、リーザといいます! ハッシュ先生の弟子をやってます!」

「あなたが一人でそう言ってるだけでしょ」


 黒髪の少女、ナルがジト目で口を挟んだ。


「ナルちゃん、困難なことでも、自分で口に出し続けることでやがて真実になっていくんだよ」

「タチ悪……」


 二人でやり合う少女を見ながら、ハッシュが代わりに説明した。


「リーザは《剣士ソードユーザー》、ナルは《道具使いアイテムユーザー》だ」

「……すまん、なんだって?」

「リーザは《剣士ソードユーザー》、ナルは《道具使いアイテムユーザー》だ」


 律儀に同じ言葉を繰り返したハッシュに、セリオは頭に手を当てた。


「《剣士ソードユーザー》はわかるんだが、《道具使いアイテムユーザー》てのはなんだ? 《錬金術士アルケミスト》とは違うのか?」

「違う。ナルは魔法薬の合成はしない」

「どっかのギルドで学べるもんなのか?」

「いや、学べる場所は知らない」

「それはつまり……道具を持ってるだけの素人ってことじゃないのか?」

「少なくとも、ナルは俺より道具に詳しい」


 まっすぐにセリオを見て、ハッシュが言った。それ以上の理由が必要なのかと言わんばかりの、しかし真摯な信頼を感じる声音だった。


「まあ……わかったよ。盗賊風情が文句を言える立場でもないしな」

「《盗賊シーフ》は重要だ。鍵付きの宝箱を無理やり開けさせられて、顔面が吹き飛びそうになったことがある」


 真顔で語るハッシュに、セリオは思わず笑った。


「《僧侶プリースト》にそんなことやらせるパーティがあるかよ。ほら、時間だ。行こうぜ」


 むしろ緊張が抜けたように、軽い足取りでセリオが部屋から出ていった。

 それを追うため、仲間の二人に身振りで示したハッシュに、リーザが話しかけた。


「先生は、昔は《剣士ソードユーザー》だったんですよね?」

「ああ」

「左手が不自由になったって言いましたけど……。片手剣の《剣士ソードユーザー》だって、いっぱいいるじゃないですか。バスタードソードが駄目でも、剣を持ち替えることは考えなかったんですか?」


 自分のショートソードを触りながら、リーザは問う。


「ちょっと……」


 ナルが気色ばんで声を上げる。


「あ……すみません! 何も知らないのに、変なこと訊いて……」


 我に返ったように頭を下げるリーザ。しかし、ハッシュは気を悪くしたふうもなく、


「前に、俺は剣を握れないと言ったな」

「あ……はい」

「そのままの意味だ。俺は剣に触れられない。だから、消去法で《僧侶プリースト》になるしかなかった」

「…………?」


 怪訝そうなリーザをよそに、ハッシュは歩みを再開し、部屋を退出した。それを小走りで追いかけるナルの顔は、悲しみをこらえるような、悔しさを噛みしめるような色をしていた。

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