第10話 悪役令嬢扱い
「え? ジョアンナ嬢はいつもローザのことを高慢であざとい、ジョアンナ嬢を酷い目に遭わせる極悪令嬢だって言ってますよ?」
「そんなこと、言ってませんわ!」(ジョアンナ)
「ジョアンナ嬢とお話したのは、今日が初めてですわ!」(ローザ)
「ローザを呼び捨てにしていいと誰が言った!?」(ケネス)
三人三様に、口角泡を飛ばして同時に発言した。
最初に気を取り直したのはローザだった。
「今日は、それでジョアンナ嬢とお昼をいただくところでしたの。ケネスも一緒にいかがですか? ジョアンナ嬢もケネスが一緒でもかまいませんか?」
ジョアンナは息を飲んだ。
のるかそるかである。
ローザの言う通り彼女のお友達になってケネスに近づくチャンスとして活かすか。このチャンスは見送って、ローザを悪役令嬢に仕立て上げるか。
結局、ジョアンナ嬢はのった。
レミントン伯爵家の嫡子と知り合いになるチャンスを逃すわけにはいかない。
ローザの悪行を噂に撒き散らしたのは、ちょっとした嫌がらせに過ぎない。
本当はローザなんかどうでもいいのだ。
もちろん、少しばかり美人だからって調子に乗っているバカな女なんか、好きになれるわけがない。
ケネスは本当にステキな男性だ。いくら伯爵令嬢だとか言っても、このバカ女にはもったいない。自分の方がずっとふさわしいことはわかりきっている。
ローザの行いを涙ながらに訴えて、同情を買って自分の好感度を上げるのに利用する手もあるかもしれないが、まずはケネスと知り合いにならなくては始まらない。
入学して以来、高位の貴族の子弟と知り合いになるのは意外に難しいことがわかった。
上品ぶっても、どこかで底が割れるらしく、すぐに身の程がバレてしまう。
そして、ジョアンナが親しくなりたい身分の高い連中は、とても優雅に微笑みながらするりとどこかへ逃げてしまうのだ。
ジョアンナが半分上げかけた腰を下ろすのを見て、ローザはにっこり笑った。
そして、3人は仲良く昼を食べ、次の授業に入った。
「それで、この顛末、どうするつもりよ?」
一部始終を、食堂の片隅から固唾をのんで観察していたナタリーやキャサリンを始めとしたジョアンナ嫌いの女子生徒一同は、ローザに詰め寄った。
「まさかケネス・レミントンを、あの女にくれてやるわけじゃないでしょうね?!」
ローザは、そもそもケネスを取られる心配なんか、まったくしていなかった。
みんなは知らないが、ケネスはローザのものじゃない。ヴァイオレットのものだ。
ヴァイオレットはジョアンナよりずっと美人だし、自分より遥かに根性がある。頭も回る。絶対どうにかするに決まっている。
たとえ、一年遅れの入学だったとしても、ジョアンナなんか相手にならないだろう。
それより、ジョアンナは目的を達したのだ。
ジョアンナは、ローザをけなすより、ケネスと知り合いになれるチャンスを優先するに決まっていた。
ローザのことをまるっきりバカにしているようだから、ローザなんか相手に値しないと考え、これ以上、彼女に興味を持たないだろう。
結果、ローザだって目的は達成したのだ。
次は、例の3人組の番だった。
ローザが、紹介しようと言うと、ジョアンナは大人しくついてきた。
「私のことを、男狂いの性悪女だと言う噂があって……」
全員、どうやら知っているらしく、驚いたフリをしていた。
「そんな! ひどい話だね。僕たちはそんなふうに思ったことなんか、一度だってないよ!」
「でも、噂と言うものは、証拠がなくても一人歩きするものですわ」
ローザは悲しげに言った。
「そして、助けてくださったのが、ジョアンナ嬢なのです。ご紹介いたしますわ」
ジョアンナ嬢は、緊張した。
今は悪口なんか言うより、この千載一遇のチャンスに乗る方がいい。ローザの悪口は後からでもいくらでも吹き込める。いや、ローザの悪口なんか、もう、どうでもよかった。
家柄、容姿、才能、全てが揃った逸材ばかりだ。ぜひ、お知り合いになりたい。
「ジョアンナ・グリーンと申します」
彼女は精一杯、可憐に微笑んで見せた。
庇護欲をそそる愛らしい笑顔だった。
白い胸は少し開放的で、ウエストをきつく締めてメリハリを強調している。
唯一、想定外だったのが、隣でいかにも無邪気に微笑んでいるバカ令嬢の存在だった。
3人の男は目をパチクリさせた。
ジョアンナは可憐で愛らしかったが、ローザが横にいると、全然ダメだ。
ジョアンナは懸命に微笑んでいるが、鼻筋が曲がっていることに彼らは気付いた。全体に顔が横に大きい。普通なら十分美人で通るのに、真横にローザが並ぶと、わずかな欠点が目立つ。並ぶと歴然と差が付くなと、ジョアンナの想定とは真逆の方向に回ってしまった三人だった。
一方、ジョアンナ嬢は、ローザを大馬鹿に違いないと思い切り見下した。
ローザはぼんやりで有名だ。
どこで何を聞き間違えたのか、ローザは悪質な噂を流したジョアンナ本人のことを恩人だと信じて、ローザより魅力的なジョアンナを自分の結婚相手になるかも知れない男たちに紹介して、自分のチャンスを潰しているのだ。
思うツボとはこのことだ。
ジョアンナはにっこり歯を見せて笑った。
「ローザ嬢のいうとおりですわ」
ジョアンナ嬢は慈悲深く微笑みながら言った。
「今後、このような噂が出ないよう、気をつけた方がいいと思いましたの。ダンスの練習などは止めた方がいいわ、ローザ」
「そうかしら」
男三人の顔色が変わった。ダンスの練習に出て欲しいと、あれほど頑張って説きつけたのに。
ジョアンナは、得意そうに言った。
「それから、親善パーティーには出たらダメよ」
ローザはため息をついてみせた。
「出ようと思っていたのですけど」
「みんな出るんだから、ぜひ出ようよ!」
「ダメよ、ローザ。淫乱だと言われているのよ! 全員がそう噂しているわ! 親善パーティに出たら、淫乱女と決まってしまうのよ!」
ジョアンナ以外は、出てきた単語にあ然とした。淑女が口にするような単語ではない。
「まあ、それは想像もしていませんでした!」
そりゃそうだろう。パーティーに出たら淫乱って、どう言う理屈だ。パーティに出る俺たちもみんな淫乱なのか?
ジョアンナはローザに向かって命令した。
「さあ、早く授業に行って!」
ジョアンナは手で追い払うような仕草をした。下品すぎる。男子生徒は目を丸くした。
「では、皆様、ごきげんよう」
ジョアンナに促されてローザは席を立ち、後には得々としたジョアンナが、満面の笑みで男三人に向き直った。
愛想の良さで負けるつもりはない。
「ご一緒させていただいて、とっても嬉しいです! あの、私、伯爵令嬢とは違って、ツンケンして高飛車なところだけはないと思ってるんですけど、どうか大目に見て仲良くしてくださいね! あの、親善パーティーの時には、どうぞよろしくお願いします! 初めてなので、緊張しちゃうと思うんですぅ」
男子生徒三名は、うっかりジョアンナをまじまじと見つめてしまった。
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