第9話 ジョアンナはお友達

「ジョアンナとお友達になればいいのよ。悪口は一発で止まるわ」


「ええ? でも、本当にそんなことでおさまるとは……」


ぼんやりで有名なローザがジョアンナを黙らせるだなんて、どう考えても無理だ。大惨事の予感しかしない。

ナタリーは止めたがったが、ローザは自信満々だった。



昼休み、一人で食堂に向かったローザは、相変わらず“下品な“ドレスを着て、男子生徒を連れて座っているジョアンナの横にやってきた。


「ジョアンナ・グリーン嬢ですわね?」


ジョアンナ嬢は、ローザ・ウォルバートだと認識すると、あっという間に隣の男子生徒にすがった。


「まあ、ウォルバート伯爵令嬢……」


すがられた方は、ビックリしたらしい。しかし、彼らは一様に眉をひそめると警戒したような顔つきでローザを眺めた。


それからジョアンナ嬢は、ひどくおびえた様子でぶるぶる震えるような身振りを始めた。


「わたくしがウォルバート様の気に障るような何をしたとおっしゃるのでしょうか」


ジョアンナの声は食堂内に響いた。何人かが振り返った。


こう言われると、まだ何も言っていないのに、悪口を言われて返事をしているように聞こえる。なかなかの曲者だ。


「いくら、伯爵令嬢とは言え、爵位をカサに来た横暴は許せない」


一人の取り巻きが、ローザに食って掛かった。


まだ何もしていないじゃないか。


だが、ローザは、にっこり笑った。


「では、あなたがこのテーブルに残って私たちの話を聞いてくださいな。ここは食堂ですもの。みんなの目もあります。何もありませんわ」


それでも、効き目がなさそうだったので、彼女は出来るだけ無害そうに見えるように微笑んで見せた。


「いやあああ」


ジョアンナ嬢が叫んだ。食堂中が振り返った。


ナタリーもキャサリンもアイリーンも蒼白になった。


まるで、ローザが何か仕出かしたかのようだ。張り手をかましたとか、足を踏んだとか。


食堂中の視線が集中した。




ローザが、正直、どうしたらいいのかわからなくなってきたところへ、思いがけなく救いの手が伸ばされた。


「ローザ! 何してるんだ!」


ケネスだった。


「レ、レミントン様……」


爵位が上の令嬢にいじめられている真っ最中の可憐な女生徒(ジョアンナ)は、突然現れた憧れの貴公子に思わず声をかけた。


「ウォルバート嬢が……私のことを」


「なに?」


あのケネス・レミントンと知り合いになる機会を逃してはならない。


チャンスだ。性悪令嬢にいじめられている真っ最中なのだ。


もちろん、ジョアンナは、ケネスとローザが婚約者(仮)であることは知らなかった。


「ちょうどいいところへ」


ローザが言った。



現在、ジョアンナ嬢は、被害者ぶるのに必死だった。涙が零れ落ちんばかりの大きな目でケネスを見つめていたのだが、チラリとローザの顔を見た。


ちょうどいいところって、どういうこと?


「ケネス。ご紹介しますわ。こちら、ジョアンナ・グリーン嬢。私のお友達ですの。ねえ、ジョアンナ?」


突然の風向きの変更に驚いたのは、ジョアンナだけではなかった。周りの男子生徒も驚いた。


「ケネス、お掛けになりません? よければお昼を一緒に召し上がりませんこと?」


「そ、それは別に構わないが……」


「ジョアンナ、ケネスが一緒でも、構いませんか? 私みたいな『男狂いの性悪女』と一緒ではお嫌かも知れないので、もちろん無理強いはしませんが……そんなことはありませんわよね?」


「ローザが男狂いの性悪女だと?」


ケネスが驚いて聞き返した。勇気あるジョアンナの取り巻きの一人が答えた。


「そうなんです。ですから、僕たちがローザからジョアンナ嬢を守ろうと、こうやって周りにいるんです!」


へええ……ここにいる大勢の男たちが、ジョアンナに加勢して、ローザを打ち負かす気なのか。女子一人に寄ってたかって?


ケネスは険しい目つきになって、取り巻き共を見回した。



「でも、ジョアンナ嬢が噂を否定して私をかばってくれたので、ぜひ、ケネスからもお礼を言っていただきたくて」


ローザが言いだした。


この展開についていけなかったのは、ジョアンナだけではない。

勇気ある男子生徒数名も驚いた。そして言った。


「え? ジョアンナ嬢はローザ嬢をかばってなんかいません。いつもローザのことを、高慢であざとい女だ、ジョアンナ嬢を妬んで、酷い目に遭わせる極悪令嬢だと言ってますよ?」

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