第2話 王立フェアラム学園入学

姉のローザは今年から王立フェアラム学園に入学するのだ。同時にケネスも入学する。


「お姉様がうらやましいわ!」


ヴァイオレットが言った。


フェアラム学園は、男女共学で、マナー教育のためにダンスやパーティもあったし、そこで結婚を決める貴族の子女は多かった。

その上、学校は王都の中にあったから、流行のカフェや有名な菓子店、ドレスメーカー、芝居小屋もあり、人が多くにぎやかで流行の発信源でもある。

田舎に領地を持つ貴族たちにとっては、一生に一度の王都暮らしかも知れない。


「それに、そんなにいっぱいドレスも作ってもらって!」


ドレスの総枚数は、ヴァイオレットの方がはるかに多い。これはおねだりに比例している。その点を指摘すると妹はふくれて、ローザがぼんやりしているからだとか非難してくるので、面倒くさい。だから黙っていた。


ケネスとローザは同い年なので、一緒の入学になるが、ヴァイオレットの入学は丸一年後になる。


きっとヴァイオレットは気が気でないだろう。




「学校でよい方とご縁があるといいですわね、お嬢様」


メガネをかけ、黒い髪を一本の後毛もなく固く結い上げた侍女のユーリナが言った。


「うーん」


ローザは、あまり自信がなかった。


毎週やってくるケネスも、妹狙いだろうなと思っている。たまに母にくっついて、他家のお茶会に出ても、いつでも活発な妹が話題をさらっていた。

学園でも似たようなものだろう。特にモテるとは思えない。新しいご縁なんか、望み薄だ。


「それより、私は勉強したいな」


「勉強……で、ごさいますか?」


「そう! 乗馬も出来るし、図書館もあるの」


キラキラと目を輝かせるローザをみて、ユーリナは少しだけ嬉しくなった。家では、ヴァイオレット様にいつもいいところを取られてしまう。それに奥様は、どうもヴァイオレット様びいきに見える。

家族から解放された方が、ローザ様のためにはいいかもしれない。


「学園に侍女はお供できませんからねえ」


どんな高貴の家でも侍女やお付きは禁止されている。学園内は平等が建前だ。


「うちのお嬢様と来たら、いっつもぼんやりしてるんだもん」


正直、その点だけはヴァイオレットの指摘は正しかった。




ガタガタと馬車に揺られること丸一日。

ローザは、威容を誇るフェアラム学園の前にいた。


普段は食堂として使われている最も大きな広間が、今日は入学手続きのためにごった返していた。


「寮の部屋番号ももらったし、お父様、お母様によろしくね!」


ユーリナと、荷物運びと御者を兼ねたジョンに別れを告げると、ローザは嬉しそうに案内の女生徒のあとについて建物の奥へ消えていった。



その姿を見送ったジョンは、ユーリナに向かってぼっそりと言う。


「お嬢様は、ほんとは大変な美少女ですよな?」


ユーリナだって、お嬢様が類まれなる美少女だと言うことはわかっていた。自邸だと、いつも隣にキラッキラのヴァイオレットがいるので、地味と言う認識がある。本人も、地味で目立たないと思っているらしい。


「ここじゃ、ずいぶんと目立ってましたよな? でも、お嬢様は、自分のことがわかっていないんじゃ。ちょっとぼんやりだし……」


ジョンみたいな、頑固で気の回らない年寄りの使用人さえ、そう思うのかとユーリナは心配になった。


「ヴァイオレットお嬢様が、自分のことを一番の美人だと思って暮らしていなさるんで、わしら使用人もヴァイオレット様に合わせてましたけども、正直、ローザ様の方が美人ですよな?」


ユーリナはびっくりした。


だが、よく考えてみると、いつもローザ様はニコニコしているが、顔立ちはむしろ冷たい感じに整っている。

ローザ様はあまりドレスが欲しいだの、宝石が欲しいだの言わなかったので、妹が気に入らなかったり飽きてしまったドレスを着ていることが多い。本人用に合わせて作ったわけではないので、似合っていなかった。そのため、よくヴァイオレットがセンスがないと姉のことを批判していた。


派手な金髪頭のヴァイオレット様の方が目立つだけなのかもしれない。


「学園じゃあ、うちのお嬢様ほどおきれいな姫様は、一人もおらなんだ」


ジョンは自慢げだったが、ユーリナは不安が募った。


ローザお嬢様は、ぼんやりなのである。


生徒の半分以上が男の学園に、まったく自分を美人だと思っていない、ぼんやり美少女が無防備に入学する。

なんの警戒心も、対応する能力もないのでは……。


「お嬢様に失礼でしょう!」


ジョンに向かってはそう言い切ったものの、ユーリアはまずい予感でいっぱいだった。

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