第14話 善の魔女か悪の魔女か
「魔女狩り?」
アレクは顔色を変えた。
「魔女狩りは歴史にある。罪もない人々を魔女だとレッテルを貼って断罪し殺した……」
「なぜ、魔女狩りが行われたかご存知ですか?」
「それは……未知のものへの不安と、当時の社会情勢が不安定だったからだ。飢えて死ぬ者、疫病で死ぬ者が多く、平均寿命は短かった」
ローゼンマイヤー先生が、いつものまるでサンタ・クロースみたいに人が好さそうな顔をゆがめて言った。
「魔女が実在したからですよ。本当の意味での魔女が」
本当の魔女?
「では、彼女は悪なのですか?」
エドワードが真剣になって聞いた。もしそうなら、学園になんか置いておけない。
「いいえ。善の魔女もいるのです。不安を掻き立てるのではなく、人の心を暖かくさせるような魔女。同じ力なのですが、本人の持つ善悪の心で変わる」
「じゃあ、どうしろと……」
「確かめてほしいのですよ。ローザ嬢の魔法の方向性を」
ローゼンマイヤー先生はアレクの方を向いて言った。
「殿下を使うのはダメだ」
ピシリとエドワードが先に吠えた。
「万一、何かあったらどうするのです?!」
「並の人ならね」
先生は言った。
「殿下は並の人ではない。殿下の黒の魔法は強すぎて、彼女の白の魔法の干渉を受け付けない」
「あ……」
「それで何も感じないのですか」
ローゼンマイヤー先生はうなずいた。
「彼女の白の魔法力はとても強い。人間はみんな影響を受ける。あなたの叔父上の婚約者がそうだったように」
アレクがギョッとしたように、ローゼンマイヤー先生を見た。
「だが、殿下だけはローザ嬢からの魔法にまったく安全なのです。だから、彼女の魔法の方向性を読んで欲しい。善なのか悪なのか」
「抜けているか、抜けていないかなら、調査の必要もないと思うけどね」
アレクは笑い出した。
「どうやって調査しろというんですか?」
エドワードが問いただした。
「黒の魔法使いに、白の魔女とちょっとだけ親しくなって欲しいのです」
アレクがニヤリと笑った。
「へええ? 面白そうじゃないか」
「全然面白くありませんよ! 彼女が殿下に付きまとったら、どうしたらいいのですか?」
エドワードは怖い顔をしてローゼンマイヤー先生に詰め寄った。
「アレク様は王太子殿下なのですよ?」
「たとえ、ローザ嬢が殿下に惚れ込んで魅了の魔法を使ったところで、殿下には全く効果がありませんから」
「そんな危険人物の相手を王太子殿下に頼むわけにはいきません! ほかの者ではダメなのですか?」
王太子殿下を、そんなリトマス試験紙みたいな用事に使うわけには行かない。
エドワードが頑強に反対し始めたが、アレク殿下がさえぎった。
「任せてもらおうか」
アレク殿下は大乗り気だった。
「女の子たちに声をかけてみたかったんだ。僕はどれくらい通用するかな?」
そういう話じゃない!……と、エドワードは眉をつり上げた。
王太子殿下は御身分柄、下手に女子生徒と親しくなったり遊びに出てはいけませんと厳重に釘を刺されていた。
身分のない女性と恋仲になって王位継承権を辞退してみたり、王太子妃の座を狙う女子生徒の間でバトル大会が開催されてはたまらない。
だから、わざわざ名を偽り、監視役の自分が付いているのだ。
王太子殿下は、はっきり言って自信過剰の俺様系。特に容姿には自信がある。
こういう依頼があれば大義名分が付いて、堂々と女の子に声をかけられる。
相手がものすごいブスだったら、問題外にお断りだったろうが、あいにくローザ嬢はマヌケかもしれなかったが、見た目だけは絶品である。
お年頃の彼が、高い身分と麗しい容姿を引っ提げてモテモテになりたい気持ちはわからなくもなかったが、エドワードは絶対反対だった。主に、自分の手間が増えるからという自己的な理由からだったが。
アレクの正体は、多くの生徒が薄々気づいているだろう。
わかっていても、みんな、遠慮していたのだ。
王太子殿下が女生徒に関心を示したら最後、自分を売り込みに厚顔な女どもが次々にエドワードの隙を突いてやってくるに違いない。
「護衛の人員の増強を依頼した方が……」
自分一人では手に負えそうにないと思ったエドワードは一人言をつぶやいた。
二重三重に殿下を護衛しなくては。
「なにか言ったか? それから、エドワード、しばらくは護衛はいいぞ? 二人で声をかけに行くなんておかしいからな」
エドワードは、アレク殿下の顔を見た。正気?
「なに、私は強いのだ。心配はいらない」
エドワードが心配してるのは、そう言う戦闘出来る敵じゃなくて、チラ見せとか、泣き落としとか、用意周到な偶然の出会いとか……
「そんな心配をしてるわけではありません!」
だが、すでに殿下は授業のスケジュール表をめくっているところだった。そして、情け容赦なくエドワードに相談を持ち掛けた。
「授業の終わった後に声をかけるのと、昼食直前に誘うのと、どっちが人目に立たないと思う?」
やる気満々なんだ……エドワードは泣きそうになった。
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