第15話 ローザ、魔法学をクビになる
アレクとエドワードがなにか口論しながら帰った後、隣の教室から一人の男が出てきた。
「行ったな」
ローゼンマイヤー先生は、少し困ったような表情で、その男の顔を見た。
その男は笑いじわを眼の縁に刻んだ中年の男性だった。整った顔立ちと、隠そうにも隠せない身分の高い者特有の雰囲気を持っていた。
それなのに、まるで裕福な町の商人の息子が好んで着るような自由な身なりだった。
貴族の格好ではない。
ローゼンマイヤー先生にはファッションのことはよくわからなかったが、彼が女性には人気だと言うことは聞いたことがある。もっとも、彼は未だに独身のはずだった。
「殿下……」
かなり当惑した表情を浮かべて、ローゼンマイヤー先生は話しかけた。
「仰せの通りにしましたが……一体、何の意味があるのですか?」
「ローザ嬢の魔法力の方向性の見極めのことかね?」
「だって、人の方向性などわかりません。元々は善人でも、何かの拍子に悪い道に走るかも知れない。アレク殿下にわかるはずがない。なせ、わざわざアレク殿下をローザ嬢に張り付かせたのですか?」
その男は、王弟殿下だった。
レオ殿下は不敵に笑った。
「今にわかるよ」
レオ殿下は変人だと言われていた。
王弟殿下という身分柄、政治や外交に携わり、国王を補佐するべき立場だったが、彼はそれを放棄していた。
そして、魔法学に熱中していた。不思議だった。
『ご自身に魔法力はほとんどないのに、一体なぜ魔法学などと言うマイナーな学問に熱中されるのか?』
甥の王太子殿下は、不世出と言われるほどの魔法力の持ち主だった。だが、レオ殿下が魔法学に熱心なのは、彼が生まれる前からのことだ。
ローゼンマイヤー先生自身は相当の魔法力があったから、アレク殿下やローザ嬢の力が怖かった。先生の力を軽く凌駕する、余人が持たない、予想もつかない力。
金と暇にものを言わせて研究に没頭していたレオ殿下は知っているのかもしれない。特にローザの力は未知のもので、どんな影響が出るのか、想像がつかなかった。
レオ殿下は何を考えて、アレク殿下をローザ嬢に近づけようとしているのだろう。
「善悪ではなく、ローザ嬢の王家への忠誠心をお知りになりたいと言う意味でしょうか?」
ローゼンマイヤー先生は不興を買うのを覚悟で、レオ殿下に尋ねた。
だが、レオ殿下は答えなかった。
「ローゼンマイヤー先生。逐次報告を頼む」
そう言うと陽気で人を食った微笑みを浮かべた王弟殿下は、軽い身のこなしでその場から離れていった。
******
翌日、魔法学の授業に出ようとローザが教室に行くと、教室の隣の準備室からローゼンマイヤー先生が手招きした。
「ちょっと。ウォルバート嬢」
ローザは先生の黒くてキラキラした不思議な帽子に見とれながら、先生の部屋に入った。
「あ、荷物も持ってきて」
変だなと思ったが、ローザは教室に戻ると素直に自分のカバンを持ってきた。
「いい子だ」
先生はそう言うと、パタンとドアを閉めた。
ローザは不安になった。
「なんでしょう? 先生」
この間、ジョアンナに男狂いと言う噂を流されてしまったのだけど、そのことかしら?
それとも、お昼にデザートを三品食べちゃったのが、バレたのかしら? 「デザートは二品まででお願いします」と書かれた張り紙をローザは思い出していた。
「それがね、この間の君の授業態度の件だが……」
不安が的中した。
いい予感はしなかったのだ。
「そのね、君には悪いけど、しばらく授業を外れた方がいいんじゃないかと思うわけなんじゃ」
先生はいかにも年寄りくさく、もぞもぞ言い出した。
「あ、先生、私……」
「違う、違うよ! 怒ってるわけではないんじゃ」
「私も、魔法が使えるなんておかしいなって、思ってたんです。授業もさっぱりわからないし」
そりゃあんだけ寝てりゃーなと、ローゼンマイヤー先生も考えた。
教室には、魔女に干渉するモノが取り揃えてられている。
もちろん、白の魔女の登場を予期していたわけではない。
『適当な置き場所がなかっただけなんだ。魔法学の教室なら、あながち縁がないわけではないし』
「君には個別授業の方がいいかと思ったのじゃ。集合授業は、君には辛いかもしれぬと思うてな。また、連絡を入れよう。今日はこっちから、こそっと帰りなさい」
そういうと、ローゼンマイヤー先生は直接廊下につながるドアを開けた。
そろそろ授業が始まる時間だったので、生徒たちはみんな教室に入っていて、廊下には誰もいなかった。
先生はドアを開けると、ちょっと左右を見渡してから、静かにお帰りとローザをうながした。
ローザが去ってから先生は相当複雑な顔をした。
一体、なんだって、自分(つまり魔法学の先生)が、こんなことのお膳立てを手伝わなければいけないのだろうか?
魔法学をやめさせろと指示したのはレオ殿下だが、ローザを教室から一人で帰るように仕向けろと言ったのはアレク殿下だった。
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