《心の準備》

 きらびやかではあるが上品で落ち着いたインテリア。

 暖かなオレンジ色の光の下、並べられた料理に舌鼓したづづみを打つ者や、フォーマルな格好で傍らに控える者、グラスを片手に談笑する者、様々だ。

 この状況について、真っ先に浮かぶ言葉は『パーティー会場』だ。


 そんな場所に少年、時折夢に見る幼い自分がいた。

 彼は大きな扉を押し開け、広間から出た。トイレへ行くためだ。

 その道中、一人の女の子の姿が目に留まった。彼女はキョロキョロと辺りを伺っている。その目は今にも泣き出しそうだ。


「どうしたの?」


 少年がたずねる。


「パパがいないの」


 どうやら迷子らしい。

 この場所は広い。ましてや幼い彼女、それてこの頃の俺にとっては、より広大に感じてしまう。

 そして人も多い。そんな中で誰かを探すのは、大人にも難しいかもしれない。

 少年も、父親に何も言わずここに来てしまったことを、少し後悔した。自分も彼女のように、もとの広間に戻れず、父親が見つけられないのではないかと思う。

 それでも、そんな気持を押し殺して、少女にこう言った。


「一緒に探してあげるよ」


 * * *


 くる月曜日。

 かえでは休みと言うことで一人登校する。教室に入ると、何か違和感があった。


「転校生来るらしいぞ」


 後ほど大城戸おおきどから聞いた言葉で、ようやく机の数が増えていることに気がついた。

 紗理奈さりなは今日からこの学校に転入してくると言っていた。ということは、その転校生というのが彼女だろう。

 よもや同じクラスとは思っていなかったが、このクラスには楓もいるし、担任も父親なわけで、彼女の立場的にも同じクラスに合わせることは容易かっただろう。


 本鈴が鳴り、椿本先生が教室に入ってきた。その傍らには、この学校の制服を着た女子生徒の姿がある。

 ただ、その姿に見覚えがない。昨日会った椿本紗理奈は金髪のギャル系だ。一方で教卓のそばに居る彼女は黒髪の清楚系である。

 こんな何もない時期に二人も転入生がいるとは考えにくい。となると……。


「初めまして、わたくし椿本紗理奈と申します」


 転校生が名乗ったのは、昨日会った少女と同じ名前である。

 流石にそこまでの偶然はない。彼女こそが、あの椿本紗理奈ということだろう。


「どうせ大体は感づいているだろうが、紗理奈は俺の娘、すなわち理事長の孫というわけだ」


 椿本、先生の方がそう言い、俺の考えは確信となった。

 そして先生はこうも続けた。


「ただ、だからって贔屓ひいきするつもりもなければ、こいつ自身に何の権限もない。まあ、一クラスメイトとしてよろしくしてやってくれ」


 椿本先生がそう言い終えた後、紗理奈は空いた席へと歩みを進めた。

 その途中、こちらに目を向けたように見えたが、きっと気のせいだろう。


 * * *


 一限目が終わり休み時間になると、早速クラスの大半が紗理奈の元へと集まりだした。

 俺は自分の席からそれを横目に見ていたのだが、突如周囲の視線がこちらに向いたような気がした。

 いや、気のせいではなく、こちらを見ている。何故なら渦中かちゅうの紗理奈が俺のそばまでやって来たからだ。


「おはようございます、拓真さま」

「……なぁお前、どうなってるんだ?」


 流石に昨日と出で立ちが、なんなら話し方まで違っていることが気になって、この際だからいてみることにした。


「どうかしましたか?」


 だが彼女はとぼけるようにそう言うと、俺の顔を覗き込むかのように、顔を眼前に近づけてきた。


「いや……。てか、近い」

「うふふっ、恥ずかしがること無いじゃないですか。だってわたくし達、お付き合いしているんですから」

「なっ……おい!?」


 早々からぶっ込んできた。確かに昨日の話でそう言う算段となったが、何もこんな大勢に周知させる必要も無いはずだ。

 だが俺の思いむなしく紗理奈の言葉は周囲にも届いていたようで、ざわめきが広まっていく。


「どういう事だよ」

「どうもこうも……事実を述べただけではありませんか?」

「いや、それは……」


 事実ではあるが事実ではない。だからこそ俺は、変に噂を広めないものと勝手に思い込んでいた。

 しかしこうして既成事実化してしまった以上、これを否定することは彼女との約束を違えることとなってしまう。


「……そうだな」

「うふふっ、拓真さまは照れ屋さんなんですね」


 今のパワーバランスは紗理奈に傾いている。それをいいことに彼女は俺をおちょくりに来ているが、意図を図りきれない以上、下手な事を言えずにいる。


「さ、と、う、くーん」


 俺を呼ぶ声に振り向くと、大城戸たちの姿があった。


「詳しく説明して貰おうか」

「彼女とか聞いてねぇんだけど?」

「この間の子紹介しろよオラァ」


 どう説明したものか。助けを求めて紗理奈の方を見やったが、彼女はニコニコと俺の方を見るだけだった。

 ただ、別に無策で今日を迎えたわけではない。昨日のやり取りを思い出す。


『一応設定だけは決めとくよ』

『設定?』

『いつから付き合ってんの、とか、どこで知り合った、とかそういうんだ』

『あぁ、よくある質問だな。どうする?』

『嘘をつくときってのは真実を加えると、むしろ真実の中に嘘を少し加えると、真実味が増すらしいじゃん』

『つまり、昔からの知り合いということになるか。まあそこは嘘をつく必要はないよな』

『付き合いも当時からにしとく?』

『楓のことを覚えてなかったからそれはキツいな』

『じゃあ仕方ない。きっかけは──』


「楓と同じで幼なじみなんだよ。それでその……楓に紹介されてな」


 ここまでは事実だ。そしてここから先、嘘とはいえ、内容が内容なだけに言いにくい。

 紗理奈に目を向けると、わずかだが肩をすくめた。やれやれ、とでも言いたいのだろう。


「実はわたくし、昔から拓真さまのことをお慕い申しておりまして……。その、恥ずかしながら、わたくしの方から……」


 紗理奈からの援護が入った。もちろん、これこそが事前に打ち合わせていた通りの設定だ。

 ちなみにこの設定について紗理奈は、『仕方ねぇからこっちが惚れたことにしといてやる』と言っていた。

 しかし、さっきからのお嬢様キャラといい、なかなかの演技である。


「おいおいおいおい佐倉さくら殿、聞いたでござるか?」

「あいつ……調子乗ってない?」

「どうする大城戸。やっちゃう?」


 矢嶋やしま、大城戸、大翔ひろとと、好き好きに勝手を言ってくる。それに対して俺は頭を抱えたが、紗理奈は続けてこう言った。


「拓真さまと仲がよろしいのですね。わたくし共々、よろしくお願いいたしますね」


 おそらくは彼女も加わるという意思とともに、そして「わたくしの恋人に手を出すことはないですよね」といった牽制けんせいもあったのかもしれない。

 矢嶋たちはそれに気づいたかは解らないが、これ以上俺を責め立てることはなかった。

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