《評価点》
四時間目の社会科選択授業。三時間目が終わるや
日頃この授業では、席替えをした今も阿部が隣に座っていたのだが、紗理奈はそんなことを知るよしもなく、そして同じクラスなので早い者勝ちに勝利した形となった。
「紗理奈、そこ私が座るところ」
もちろん阿部は遅れて俺の隣にやってきた。
「あら
「だからって、そこに座る必要は無い」
「あら、わたくしは拓真さまの恋人ですもの。隣に座ってしかるべきでは?」
「……どういうこと? 私聞いてない」
「よろしいこと? 世界は見えないところで変わり続けていますの」
「はぐらかさないで。
どうやらこの様子を見ていると、阿部はこの恋人のフリのことを知らないようだ。
とはいえ、この場で説明は出来まいと紗理奈を見やった。直後、紗理奈と目が合ったような気がした。
「ま、仕方ありませんね」
紗理奈はそう言って席を立ったかと思うと、空席、すなわち教室に追加された紗理奈の自席を運び始めた。
そしてそれを俺の席と、先ほど紗理奈が座っていた席の間に置くと、そのまま着席した。
「この方が近くていいですわね。こちらの席は莉愛さんがお使いください」
「……」
阿部は何か言いたげにも見えたが、そのまま黙っていつもの席についた。
その後すぐチャイムが鳴って先生が来た。流石に紗理奈が理事長の孫とはいえ、先生は座席について指摘をしたが、紗理奈は「転校してきたばかりで教科書がないんです」などと答え、ひとまずこの場はこれで収まってしまった。
* * *
「そう言えば、本日拓真さまのためにお弁当を用意しましたの」
授業が終わるや、紗理奈が俺にそう伝えた。
「いや、俺弁当あるんだけど。あ、てか阿部、紗理奈も一緒でいいのか?」
月曜はこうして阿部と一緒になることもあり、阿部と
もちろん楓が居れば楓も加わるが、何かと月曜日は不在なことが多かった。前日の予定がずれ込むことが多いらしい。
「もとよりそのつも──」
「いやですわ、拓真さま。わたくし、二人でお食事がしたいのですが」
阿部の言葉をかき消すように紗理奈が言う。そんな紗理奈を睨み付けるように阿部が見やる。
だがそんな阿部を無視するように紗理奈は立ち上がり言った。
「さ、参りましょうか」
俺の意思も無視して、紗理奈はこの場を立ち去ろうとする。だが、去り際阿部に向けて小さな声でさらにこう言ったのを俺は聞き逃さなかった。
「
それに対して阿部は言葉を返さず、ただ首をこくりと小さく頷いた。
* * *
紗理奈に連れられてやってきたのは、人の少ない特別教室棟の、さらに通常立ち入り出来ない屋上であった。
彼女は転校初日とは思えない慣れた足取りでここまでやってきて、さも当然のように解錠したのである。
「おいおい、やりたい放題かよ」
「んなことないくない? ま、ある程度の融通は利くけど」
「
「ま、要は方便みたいな? それに、今日か特別なだけで、基本的にはみんなと平等だし」
「基本的には、ってことは例外があるってことか?」
「そりゃあ、理事長の孫だし? パパはちゃんと平等に扱ってくれても、他の先生はどうだか」
確かに、理事長の孫に下手なことを言ったり、その頼みを断ったりするのは自らの首を絞めかねない、と考えるに易い。
と、ふと取って付けたようなお嬢様口調では無くなっているのに気が付いた。おそらくこっちが素なんだろうが訊いてみることにした。
「ところで、その話し方が素なのか?」
「もち。学校では理事長の孫として恥ずかしくないように振る舞え、なーんてイミフなこと言われてて」
「見た目もその一環か」
「そそ。頭は楓に勧められてウィッグだし」
今の髪型がウィッグということは、この下はおそらくこの間のように派手な色をしているままなのだろう。
「ま、立ち話も何だし、弁当食べながら話そっか」
気づけば紗理奈は弁当を広げていた。弁当とは言ったものの、使われている容器は弁当箱というよりは重箱であった。本当に俺の分もあるらしい。
青空の下での弁当というのも、折角だし悪くはない。そう思いつつ空を見上げてみると、青空と言うには少し微妙で、西の方には雲が広がっていた。
よそ見しているうちに、紗理奈は腰を落としてあぐらをかいていた。スカート姿でそんな座り方をする事に少し驚いたが、お嬢様キャラを意識してかスカートは長く、問題はなさそうだ。もちろん、少し残念に思ったと付け加えておく。
ひとまず、腹も減ったので俺も座り込み、遠慮無く弁当を頂くことにした。
弁当の定番と言えば卵焼きだ。一つ掴んで口に入れてみた。ほんのりと甘く、しっとりとしていて口当たりが良い。
「旨いなこれ」
「ま? それアタシが作ったやつ」
「すげえじゃん。日向だけじゃなく、お前も料理できるんだな」
「ま、まあ、ある程度な」
少し恥ずかしそうに紗理奈は答えたあと、まるで照れ隠しするかのようにこう言った。
「でも、彼女の前で他の女の名前出すのはないわー」
「二人の時くらいは、その設定忘れてもいいだろ」
「嘘ってのは真実味がポイントだって言ったっしょ。見てないところでも積み重ねていくのが大事なんだよ」
そうだろうか。いや、そうかもしれない。何故だかもっともらしさを感じてしまう。
「そもそもだな、この彼氏って設定が想像以上に面倒事巻き起こしてるんだが」
「細かいことは気にすんなって。それに、こんなに可愛い彼女が出来るってメリットもあるけど?」
「自分で言うな。それに、それで釣り合い取れてるかっていうと結構微妙な気がするぞ」
「えー。じゃあ他にもほら、アタシのパパから特別扱いしてもらえるかもよ?」
* * *
「おい佐藤。お前、紗理奈の彼氏らしいな」
ホームルームを終えた放課後、早速椿本父が声をかけてきた。
なし崩し的に恋人のフリをする事になったとは言え、親に向けてどんな対応をすべきなのか謀りかねる。
ただ、まだホームルームも終わって間もないことから、クラスメイトの多くがまだ教室に残っていて、その殆どがこちらに注目している。もちろん紗理奈もその中の一人だ。
「そ、そう言うことに……なりますかね」
「そうか……。お前の評価点、マイナスにしとくからよろしくな」
減らすという意味のマイナスなのか、それとも値として負数なのか。そんな謎を残しつつも先生は教室を去っていった。
「前途多難ですわね、拓真さま」
いつの間にかそばにやって来た紗理奈が言った。
「なあ、ひょっとして先生が事前にああやって釘を刺しておけば、俺みたいなスケープゴートは要らなかったんじゃないのか?」
少し声量を落としてそう
「嫌ですわ拓真さま」
紗理奈は普通にそう言った後、俺の耳元に近づいてさらにこう続けた。
「この方が面白いっしょ?」
そんな紗理奈の顔を見やるといたずらな顔をしていたが、すぐにニコリと愛想のいい笑顔に切り替わった。
本当にこいつは食えない奴だと思った。
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