《思い出》その②

「昼ごはん出来たわよ」


 しばらくゲームにふけっていると、キッチンの方から声がした。


「ダイニングまできてくれる?」

「ああ。ありがとな」

「私の家だもの、別に構わないわ」


 日向ひむかいとともに隣のダイニングにやってきた。

 正直なところ、あまり日向の料理には期待していなかった。むしろ、日向はポンコツな部分が時々垣間見えるから、料理は苦手なものだと勝手に思い込んでいた。

 だが少なくも、目の前にあるオムライスは綺麗に形作られていた。

 半熟オムレツを上に載せるのではなく、チキンライスを包み込むタイプのもので、形がしっかりしているだけではなく、表面も綺麗に仕上がっていた。


「どうしたの?」

「あ、いや、存外綺麗だなって思って。料理得意なのか?」

「今日みたいに、家に誰もいない日が昔から多かったから、ある程度くらいは出来るわよ」


 このレベルがある程度と言うのであれば、それより出来ない俺はどうなってしまうのか。

 とりあえず皿が置かれた席、日向の向かいに座った。


「……あれ?」


 そこでふと、既視感を覚えた。何だかこのダイニングに見覚えがある。


「どうしたの?」

「いや、なんかちょっと……既視感がしただけだ」

「そりゃそうよ」


 初めてなのに既視感がすることは稀にある話だ。しかしだからって、当然のことだと反応されるとは思わなかった。


「リビングは昔と変わったけど、ダイニングは殆ど変わってないはずよ」

「……おい、まるで俺が昔ここに来たみたいな」

「何度も来てるわよ」


 まさかの展開に、これ以上声が出なかった。

 しかし考えてもみれば当然の話で、これだけ家が近いなら小学校から同じでも不思議ではないし、かえでと仲が良いのなら、俺とも仲が良かった可能性も十分考えられる。

 正直なところ、そう考えたことが無いわけではない。ただ、日向の態度が楓とは違っていたから、俺のことを知らないものだと思ってしまったのだ。


「まあ、これも今日うちに来た目的だから、知りたいことは話してあげるわ」

「何で今まで何も言わなかったんだ?」

「……私もね、あなたと同じで気付いてなかったのよ。だって、面影はあるけど、こんなに時間開いたら判んないでしょ」


 彼女の言うことはもっともだ。初見で気付いた楓の方が異常なんだろ。


「日向はいつ気付いたんだ?」

「遊園地で、あなたと連絡先を交換してからよ。それまで、あなたは自己紹介もしてないし、楓も『佐藤くん』としか言ってなかったから」


 言われてみれば、俺は名乗ってもいないし、日向のことも大翔や楓から聞いただけだった。

 互いに何も知らないまま、この二ヶ月ほどを過ごしてきたわけだ。


「だいたい、佐藤なんて日本に何人いると思ってるのよ」

「日本で一番多い名字らしいな。何なら、佐藤拓真に絞っても同姓同名が大量にいるだろうしな」

「ホントそうよ。名前まで凡庸ぼんようね」

「うるせえ。……でもよく結びついたな」

「いくら何でも、同姓同名に出会うなんて珍しいし、楓が初日から仲良くしてるなら、流石にね」


 まあ納得いく理由だ。もちろん偶然が重なれば他人の可能性もあるだろうが、たぶんあの後観覧車で楓に確認したのだろうと、今ようやく腹落ちした。


「でもさ、日向」


 状況は解った。だからこそ、日向には謝らなければならない。


「既視感はあっても、殆ど思い出せないんだよ。だから別に、昔のお前のことを思い出した訳じゃない」

「……そうね、解ってるわ。でも楓が言っていたの。『今の佐藤拓真を見てあげて』って。だから、別に無理に思い出す必要もないわ」


 思い返すと、楓から昔のことをとやかく言われたのは最初だけだ。あいつは今を見ているというわけか。

 俺たちもそれに倣う必要なんてないけれど、確かに日向が言うように、無理に掘り返す必要はないのかもしれない。


「そうか、ありがとうな」

「いえ、こっちこそ。それより、ご飯食べましょ。もう大分冷めちゃってるわよ」


 日向はそう言うと、ケチャップを手にした。そのケチャップで、自分のオムライスの上に何かを描いた。


「何それ猫?」

「犬だけど?」

「嘘だろ、犬にヒゲは描かねぇだろう」

「あっ……」


 やはり日向はポンコツだった。この分ではオムライスの味は見た目に伴わないだろう。


「何か描いてあげよっか?」

「遠慮しとく」

「いいわよ遠慮しなくて。じゃあ、簡単に名前にしましょう。それか、ハートが良いかしら?」


 名前とか子どもじゃあるまいし、ハートはなんか……あれだから、どちらも御免被りたい。


「わかったよ。猫で良いぞ猫で」

「ふっ、任せなさい」


 そう言って日向が描き上げたのは、言われてみればまあ猫なんだけど、なんだか可愛げのない顔だった。

 ただ面白くはあったので、日向の犬とともに写真に収めておいてから、ようやく食べ始めることにした。


「美味いな」

「そう? ありがと」


 覚悟に反して、普通に美味しかった。

 惜しむらくは、少し冷めている事だろう。温かければもっと美味しかったのではと思う。


「料理得意なのか?」

「得意ってワケでもないわよ。でも、今日みたいに家に私しかいない日も多いから、必然的にね」

「いや、うちも俺一人とかあるけど、普通にインスタントとかだろ」

「別に私だってそう言う日もあるわよ。でも流石に飽きるでしょ」

「まあそうだな」

「あなたもやってみたら? 何なら教えてあげるわよ」

「考えてみる」


 だからって、今さら料理を始めるかというと、難しい話である。インスタントは飽きるが、やはり手軽さが勝るのであった。


 * * *


 片付けを終えた後、日向はいくつかのアルバムを持ってきた。

 そのうちの一冊を日向がめくっていく。


「意外と一緒に写ってるのは少ないのよね。……あ、これ」


 日向はアルバムのページをこちらに向けた。そこには幼い男女、そしてもう少し大きな少年の、三人の子どもが写っていた。

 幼い方の男の子が自分だというのは流石にわかる。


「確かに俺だな。一緒にいるのが日向か」

「ええ、もう一人はお兄ちゃんよ。ヒデ兄って呼んでたけど、覚えてる?」

「うーん……ちょっと思い出せないな」


 この少年にはピンと来なかった。

 何なら女の子の方もそうだ。近頃見る夢に出てきただろうかと思い浮かべてみたが、夢の映像なんて長らく覚えておけることではない。

 ただ夢の内容については何となく覚えているものもある。


「もしかして、この頃一緒にヒーローごっこしてなかったか?」

「えっ、思い出したの?」

「思い出したっていうか……たまに夢に見るんだよ。多分昔のことなんだろうけど、ただの夢なのか、本当にあった記憶なのか、よく判らないんだ」

「そうなの。私のヒーロー好きは、この時からずっとね。あなたとお兄ちゃんに影響されて、一緒に楽しんでたわ」

「卒業……って言い方がいいかわからないけど、しなかったのか?」

「まあその……いろいろあってね。タイミングとか。何ならお兄ちゃんも相変わらずよ」


 彼女の兄貴は、先ほど聞いた話では四歳くらい上だったはずだ。

 そんな兄が卒業しなければ、彼女にとっても卒業せずにずっと好きでいるものであって当然かもしれない。


「他のアルバムは?」

「こっちは小学校の卒アルよ。楓も載ってるわよ」

「マジか、見せてくれ」


 先ほど見た幼い日向は、今と比べて面影あるかなくらいだったのに対して、卒アルの日向は今と違わない印象で、やはり可愛らしかった。

 一方の楓はというと、この時既に女の子の格好をしていた。


「なあ、楓って実はもともと女の子だったとかそういう感じなのか?」

「何言ってるのよ。楓はあなたが居たときからこの格好じゃないの」

「マジか……」


 楓に関しては、未だに性別の境界線が曖昧なのだが、この頃からの筋金入りなのであれば仕方がないのかもしれない。


「ちなみに訊くけど、阿部も俺のこと知ってたりするのか?」

「あの子は中学から一緒になったから、ほんとに初対面よ」


 これで阿部もだったら、とか思ったものの、そこは杞憂だった。


 * * *


 アルバムを見た後は再びゲームをひとしきりやったり、気分転換と称して映像配信サービスで特撮作品を見てみたりして午後の時間を過ごした。

 そして夕方に近づいた頃に俺は帰ることとなった。


「今日はありがとう、付き合ってもらっちゃって」


 玄関を出たところで日向が言う。


「いや、こっちこそ。それに、悪かったな、今まで」

「さっきも言ったでしょ。私たちは今のあなたと向き合ってるつもりなの。そりゃもちろん、思い出して欲しいこともいろいろあるけど」

「思い出して欲しいこと、か」

「そういうのは、必要になったら話すわ。まあこれからも、よろしくね」


 そう言って日向は右手を差し出してきた。


「あぁ、こちらこそ」


 条件反射的に俺も右手で、彼女の手を握った。

 ただの握手だけれども、なんかだいろいろ気恥ずかしさがあった。


「じゃあな」


 こうして俺は帰路についたのであった。

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