第1章-3 椿本紗理奈の××

《思い出》その③

 ヒーローになる方法。前に見た夢をまた見ている。


「ヒデ兄はどう思う?」


 その場にいた年の離れた少年に、もう一人の子がたずねた。


「たっくんの答えも悪くないと思うぞ」

「じゃあどうすれば作れるの?」


 ヒデ兄と呼ばれた彼はフフンと鼻を鳴らしてこう言った。


「確か変身アイテムは──が作っていたぞ。だから、──になれば良いんじゃないか?」

「どうすれば──になれるの?」

「うーん、お父さんにでも訊いてみるか」


 * * *


 日向の家での出来事に影響されたのだろう。

 都合のいい想像なのか、それとも実際の出来事なのかは、相変わらず判らないままだ。

 ただ、昨日日向ひむかいから聞いた話から考えると、あながち間違ってはいないのではないかとは思えた。


 さて今日はかえでとともに紗理奈さりなという子の所へ行くことになっている。

 そういえば今更になって気がついたのだが、日向にその紗理奈というのがどんな子かを訊いておくべきであった。

 とりあえずスマホを手にしてみたが、どうせもう少しで会うことになるわけだから、今さらいても意味は無いだろう。

 それにまだ時間はあるとは言え、日向のお楽しみの時間を邪魔するのは気が引けた。


 * * *


「おはよう、拓真くん」


 やがて楓が家までやってきた。

 今日は休日だから、その装いはガールズファッションとなっている。

 なんだかんだであまり楓と休日に会うことがないため、未だに平日の装いとの違いに慣れないままでいる。

 そしてふと、楓が紙袋を持っているのに気がついた。アパレル系のショップの紙袋ならともかく、百貨店の紙袋なんて持っているのは少し楓らしくもなかった。


「何持ってるんだ?」

「あぁこれ? 手土産みたいなものだよ」

「手土産って、別に友達の家に行くんだろ?」


 そりゃもちろん友達の家だからって気を遣わないわけじゃない。昨日だってそのつもりだったし、家の人が居ればもっと違っただろう。

 それにしては、こう何というか、学生が遊びに行くときに持つものらしからぬ感じが凄い。


「まあ行けば解るよ。紗理奈ちゃんのことは覚えてないんだよね? きっと驚くよ」

「驚くってなんだよ」

「さ、行こっか」


 楓の言うことが気になるのだが、当の楓が気にさせまいと、背中を押される形で俺たちは家を出ることにした。


 * * *


 そして二十分ほど歩いただろか。俺は楓の言葉の意味を理解することとなった。

 やって来たのは家、というよりも屋敷と呼ぶ方にふさわしい立派な邸宅だ。

 その家を見ただけで俺は驚いたのだが、門に掲げられた表札に気づいたとき、さらに驚いた。そこに記されていた文字が『椿本つばきもと』であったからだ。

 椿本という姓の人物には心当たりがある。クラスの担任、そして学校の理事長。そもそも学校の名前にも椿本の名が冠してある。


「お前、ここってまさかうちの学校の……」

「理事長の家でもあるよ」


 楓がそう答える頃には既にインターホンが押されていた。


「穂積です。紗理奈さんとの約束で来ました」


 楓がそう告げると、門がひとりでに開き、中へ入るように促された。

 この状況に未だ気圧けおされている俺のことをよそに、楓は悠々と敷地内へ足を踏み入れていく。


「早くしないと閉まっちゃうよ?」


 俺が敷地へ踏み込めずにいると、楓は振り返ってそう言った。

 こうして招かれている以上、悪いようにはならないはず。いや、もうなるようになれだ。

 そう意気込んで、俺も敷地に足を踏み入れ、楓のもとへ駆け寄った。

 すると前方に人影が見えた。同年代くらいの女子である。

 読モである楓と遜色ないレベルの見た目ではあるが、明るい髪色で肌の露出の多いその装いは、ガーリーな楓とは別の雑誌に出てくるような感じである。まあ有り体に言えばギャル系だ。


「いらっしゃーい」

「紗理奈ちゃんおつかれー」

「ういーおつおつ」


 どうやら彼女が目的の紗理奈ちゃんらしい。手をひらひらと振りながら、楓と挨拶を交わす。


「これ、賄賂だからおじさんに渡しておいて」


 楓は持っていた紙袋を紗理奈という子に差し出した。紗理奈も「おぬしも悪よのぉ」などと戯けながら、紙袋を受け取った。

 その様子を見ていると、紗理奈の目線がこちらに向けられ、目が合った。


「さてと」


 彼女はジロジロと値踏みするような視線を送り続けた。その様子に俺は少したじろいでしまう。


「思ってたよりいい感じじゃん。あーでも、凡庸って意見もわかりみが深いねぇ」


 凡庸。時折、何なら昨日も日向が俺を評して使う言葉だ。楓の話だと、この子も俺の幼なじみということになるので、こう言った話も伝わっているということだろう。

 ただそんな彼女の言葉の意図が飲み込めず、依然俺は何も言い出せずにいた。そんな俺を見かねてか、楓が紗理奈に声をかける。


「紗理奈ちゃん、拓真くんが困ってるよ」

「悪い悪い。楓からは聞いてるけど、アタシのこと覚えてないって?」


 先日楓に訊ねられた時のことを言っているのだろう。もちろん今も『紗理奈』という名前から思い出すものはない。流石に当時もこんなギャル系だったわけではないだろうが、彼女の顔立ちや、こんな屋敷に住んでいる人物に、いまいち心当たりはなかった。


「あぁ。……すまんな」

「しっかりしてくれよな。あんたはアタシの彼氏なんだから」

「「彼氏!?」」


 思ってもいなかった言葉に驚きの声をあげると、その音が重なった。楓もまた、同じような反応を示していたからだ。

 そんな俺たちの様子を見ると、紗理奈はケラケラと笑い出した。


「冗談っしょ冗談。えー、本気にした?」

「な、なんだ。まあ小学生の頃に彼氏彼女とか、冷静に考えたら無いよな」

「え? 無いことは無いっしょ。第一……まあいいや、立ち話も何だし、行こっか」


 椿本はやって来た方を指さしてそう言うと、そちらに振り向いた。しかしすぐに楓がそれを引き留める。


「ごめん紗理奈ちゃん。私すぐ行かなきゃいけないから」


 どうやら楓は予定があるようだ。そういえば元々は土曜日と言っていたのだが、俺の都合で日を改めることになって今日に至る。そう考えると楓には悪いことをした。

 そして楓の言葉に紗理奈は向き直って答える。


「そっか、そうだったな。拓真の案内ありがと。あとはこっちでやっとくから」

「後で詳しいことは教えてね。拓真くんも、あとはよろしくね」

「よろしくって、何を」

「そこは紗理奈ちゃんから聞いて。私も正直詳しい話は聞いてないんだ」

「そうか、わかった。悪いな、予定あったのに」

「ううん、気にしないで。明日も私はいないけど、紗理奈ちゃんのことよろしくね」

「明日?」

「じゃあね」


 俺の疑問をよそに、楓は足早に去って行ってしまった。

 余程急いでいたのだろう。さすがにその背中を引き留める気にはならなかった。


「さぁて、邪魔者も消えたし、行こうぜ」

「邪魔者ってお前な」

「何言ってんの、言葉の綾に決まってるっしょ」


 軽口を叩くようにそう言うと、彼女は再び家の方へと歩み始めた。何も言わず俺もその背中を追った。

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