《目的》

 目が覚めたとき、部屋は薄暗かった。

 早くに目が覚めたわけではなく、外が曇天どんてんなんだと、少しして思い至る。それが雨空だと気付いたのはさらに後のことだった。


『雨みたいだけどどうする?』


 何故昨日のうちに天気予報を確認しなかったのか。

 過ぎたことを苛みつつ、日向ひむかいに確認のメッセージを送った。

 だがいつまで経っても返答がないどころか、既読すら付かなかった。待ち合わせの時間も近づいていたので、やむなく出掛けることにした。


 * * *


 待ち合わせ場所には既に日向の姿があった。


「悪い、待たせた」

「遅いわよ」


 相変わらず手厳しいことを言う。だがすぐに日向も謝った。


「でも、こっちもごめんなさい。通知気付いてなかったわ。返事、待ってたんでしょ?」

「ああ、まあそうなんだけど、それでどうする? この天気じゃ多分ショーはやってないと思うぞ」


 あのステージは屋外にあった。おそらく雨ではやれないと思い調べると、やはり雨天中止とあった。

 日向は少し考えると、まずは座って話せるところを提案してきた。俺はそれに同意し、駅前のコーヒー店に向かった。


「ところで今日のTシャツ何それ」


 注文を終えて席に着くとき、日向にたずねた。彼女の服装はゴールデンウィークの時と似たような格好だ。つまり、相変わらずのダサTシャツである。

 日向は俺の問に対して、ジャケットを少し広げて見せた。見えたシャツには『賛成』と書かれていた。

 あまりのシンプルさに、ダサさというか、外国人向け漢字Tシャツ感のほうが勝ったのだが、それは心に留めておいた。


「ってことは、今日は肯定的な気分なのか?」

「それはあなた次第じゃないかしら」

「その『賛成』を見せられるように振る舞えるか試されてると?」

「あ、いや、試してるとかじゃないわよ。多分」


 お互いドリンクに口をつける。ちなみに俺はホットコーヒーで、日向はアイスラテだ。


「まあでも、早速役には立ちそうだな。これからの予定を決めるか」

「そうね、佐藤くんはどこか行きたいところあるの?」

「そうだなあ、正直これと言って特に思い浮かばないが……。かえでたちとは、普段何してるんだ?」

「服を買いに行くとか、流行のスイーツ食べにいくとか?」


 楓と服買いに行ってこれなのかと思いつつ、なんというか二人の趣味によってる感じだな。


「あの二人とは行けないところとか無いか?」

「おもちゃ屋とか?」

「即答するあたりあれだな……」


 改まって考えると、まるでデートなこの状況なわけだが、おもちゃ屋はムードに欠ける。いや、別にデートではないから良いんだが。


「欲しいものでもあるのか?」

「無いことは無いけど……そもそもお金がね」

「まあ安い買い物ではないよな」


 さらには楓たちと出掛けたときにもいろいろ出費があるだろう。また改めて遊園地に行くことを考えると、今日は低予算な方が良いのかもしれない。

 その考えを日向に伝えた上で、再び案ずる。ゲーセンはありか? あ、そもそも昼ごはんはどうする? それを考えるとウィンドウショッピングでもしてお金使わないようにするか?


「本当に低予算っていうことなら、家にでも来る?」


 唐突に投げ出された案は、想像以上に低予算で、想像以上にパンチ力が高かった。


「いやでも、家に上がるってのは……」

「今日は家に誰もいないから、気を遣う必要もないわよ」


 かえって穏やかでない台詞が返ってくる。

 いや待て落ち着いて考えろ俺。

 日向は楓の策略によって男子との交流があまりなかったはずだ。唯一だった男友達の楓はあんなだから平気で家に上げていただろう。あれ、でも楓は男だから、あれ、うん?


「どうしたの?」

「いや、い、家で何するんだ?」

「そうね……。まずお昼は家で済ませばいいわね。その後はゲームでもどうかしら? それに……見せたいものもいろいろあるわね」

「見せたいもの?」

「えぇ。それで、どうするの?」

「そうだな……だったらその……」


 一度日向の胸元を見やる。そしてそこに書かれた文字を読み上げた。


「『賛成』だ」

「じゃあ、早速行きましょうか」


 日向はそう言うと、氷しか残っていないカップを手にし立ち上がる。俺も慌てて残ったコーヒーを流し込んで席をった。


 * * *


 一緒に帰るときも途中で別れるので知らなかったのだが、彼女の家は駅からそう遠くない所にあった。というか、俺の家からもそんなに離れていないのではと思う。


「ただいま」

「お邪魔します」


 俺たちの声に応える者はいなかった。本当に誰もいないらしい。

 日向に促されてリビングのソファーに腰を落とす。日向はというとそのままキッチンに入っていき、冷蔵庫や棚の中を覗き始めた。


「お昼にはまだ早いわね」


 そう言って日向は俺の隣に座った。そしてテレビを点ける。


「そうね、まずは……ゲームでいいかしら?」


 ローテーブルの引き出しからコントローラを取り出して、一つを俺に差し出してきた。

 俺がそれを受け取ると、ゲーム機を起動して、さらにゲームが選択される。おなじみのレースゲームだ。

 同じシリーズの過去作はプレイしたことがあるが、これは最新作のようでやったことがない。


「俺昔のしかやったこと無いから、お手柔らかに頼む」

「悪いけど、手加減出来るほど上手くはないわよ」


 まずはキャラクター選択。俺は主人公キャラ、日向は悪役を選んだ。

 ヒーロー好きな割に悪役を選ぶのは意外だった。性能だろうか。


「意外なチョイスだな」

「このキャラのバイク、かっこよくない?」

「あー、そういう」

「そっちは何ていうか、普通ね。あ、凡庸ぼんようって言えば良かったかしら」


 彼女から凡庸と評されたのは二度目となるが、そんなに俺は凡庸だろうかと疑問には思う。

 そしてコースが選択されてレースが始まる。スタートダッシュには成功し、前にいたNPCを抜き去っていく。こういう基本的なところは変わらないから、新作でも気兼ねなく遊べるのはいい。

 少し進んでアイテムを取る。前の方にいるからか、後続車をスピンさせるアイテムが手に入った。後ろにはそう離れていない距離に日向のキャラがいる。試しにアイテムを設置してみた。


「あっ」


 隣で日向が声を漏らした。彼女の画面を見ると、トラップにかかったことが判った。


「やったわね」


 その言葉にいやな予感がする。

 今俺は一位だ。そして順位を落とした日向は、アイテムボックスから新たに何かを取得する。すぐにアイテムを使う音が聞こえる。疑心はは確信に変わる。一位を攻撃するアイテムが直撃した。


「仕返しよ」

「お前……」


 とは言え、日向の順位は上がっていない。俺も復帰して、互いの距離が近づく。

 そして、先ほどからやんわりと気にはなっていたが、カープの度に日向の身体が傾き、今度は俺の方へ物理的に近づいてくる。


ちけぇよ」

「ふふっ、今に抜いてあげるわ」

「そう言う意味じゃねぇよ」


 互いに次のアイテムを取得する。

 日向は早速ダッシュアイテムを使って俺を抜き去っていく。だがすぐ俺は前走者を攻撃するアイテムを投げた。

 もちろんそれは日向に当たり、またもスピンした。


「あなたね……」

「悪いな。アイテムは使ってナンボだろ?」


 こうして俺と日向による熾烈な……というか醜い争いが続いて、結局どちらも一位にはなれなかった。


「こらならバトルモードの方が良かったかもな」

「それもそうね」


 ただ、まだレースは続いている。そのまま次のコースでのラウンドが始まった。

 以後はNPCに負けまいとする空気になって、暗黙的に協力することとなった。

 最終的な結果としては、俺が一位、日向が三位でグランプリを終えた。


「NPCには勝ったけど、やっぱり最初のコースが面白かったわね」

「血気盛んだな。まあ気持ちは解る。次はバトルモードにするか」

「いいわよ」


 こうしてバトルモードにシフトする。二人だけなので、本当にただの殴り合いと化す。

 何度かバトルを繰り返した結果としては、戦績は五分五分くらいであった。


「なかなか接戦だったわね」

「そうだな。普段から結構やるのか?」

「そこそこね。ゲーム自体はお兄ちゃんのだから。楓たちともたまにやることはあるけど、楓は弱すぎるし、莉愛りあは強すぎるのよ」


 なんとなく、想像するに易い力関係だとは思った。

 楓はスタートから失敗するだろう。阿部は涼しい顔で日向の前を行き、日向がそれを追いかけるもテクニックの差で追いつけない気がする。

 三人がゲームするそんな様子が目に浮かぶ。

 それと気になったのは、『お兄ちゃん』という言葉だ。


「兄貴いるんだな」

「……そうよ。まあ、あんまり家には居ないんだけど」

「へぇ。大学生くらい?」

「確か今……大学3年目だったと思うわ」


 そこそこ年は離れているようだ。彼女のヒーロー好きは兄弟の影響かと思ったけれど、そうなるとまた別なのだろうか。


「さて、そろそろお昼作るわね」

「何か手伝おうか?」

「いいわよ。ゲームするなりテレビ見るなり、映像配信サービスなんかも見れるから、ゆっくりするといいわ」

「そうか? ……そうするか」


 まあ、俺は客だというとちょっとあれだが、他人に家のものを触られるのも気にならないことはない。

 とはいえテレビは好きにしていいということなので、別にそういうわけではないのだろうか。

 と思っている間に日向は立ち上がってキッチンへ向かっていった。とりあえず俺は、勝手ながら先ほどのレースゲームを一人でプレイし始めるのであった。

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