《平穏》

「僕は可愛いものが好きなのに、みんな変だって言うんだ」


 その子は言った。相談相手は、幼い頃の俺だ。

 つまるところ、これはいつもの夢である。


「そんなことないんじゃないか?」

「そんなことあるよ」

「『みんな』っていうのは、全員って意味なんだよ」


そう踏まえた上で、そのときの俺はこう言った。


「少なくとも、僕はそんなこと言ってないよ」


 そんな様子を第三者目線で見ていたわけだが、それを見ている方の俺の横に、誰かが立った。


「自分らしく生きることを否定しない。実にキミらしい」


 隣に居たのは陽菜ひなだった。その姿は、俺が最後に見たのと同じである。

 もう一度言うが、これは夢である。

 だからといって、こんな突拍子もないことが起きてしまうと、先ほど見ていたものも『記憶』ではないのではと、疑心にられてしまう。


「ボクはキミのそんなところも好きだよ」


 とはいえこの夢は、今のところ現実をなぞってくれているようだった。


 * * *


 月曜日、登校するとまずは大翔ひろとに『白海はっかいシアン』について訊ねてみた。

 前に大翔が話題に出していた気がしたが、やはりその通りであった。


「何? お前も興味出てきた?」

「あ、いや、ちょっと知り合いがな……」


 流石にその知り合いが自称とはいえ本人だとは言えなかった。


「シアンちゃんはホンマに可愛いんやって。外観がまずドストライクやな。声もメッチャええし。トークはオモロイってゆうか、なんか世界に引き込まれる感じやな。かといって、ライブ配信の時は一人でわっと喋るだけやなくて、結構チャットの内容拾って会話とかもしとるな。話題の幅も広いし、知識も豊富な感じ、あ、でも意外とアニメとかの話題は苦手っぽいな。まあ、アニメって多いし、全部は見きれんやろし、しゃあないやろな。あー、せやけど特撮とかは詳しいな。古いのから最近のまで何でも話題にしとるし」


 早口でまくし立てるように大翔は語った。口調も素に戻っている。


「もういい、解った」

「そんな簡単に理解できるわけないやろ。あのな──」

「うるせえ!」

「もがもが」


 矢嶋やしまが大翔の口を手で塞ぐ。


「すまん佐藤。俺がこいつに勧めたばかりに……」

「いや、訊いた俺もバカだった。で、実際のところ結構有名なのか?」

「その辺は……微妙かな」


 口を塞がれた大翔に代わって、矢嶋が答える。


「デビューから間もないのもあるし、何より事務所に所属してるわけじゃないからな」

「事務所?」

「その辺はもう芸能人と同じなわけ。営業して認知度上げたり仕事取ってきたりするのも、細かな事務的な手続きなんかも、機材の準備なんかも、他人がやってくれた方が自分のことに専念できるし、こと営業は企業の方が力があるだろ?」

「まあ確かにそうなるな」

「無所属ってことは営業力が弱くなるから、そんなに知名度が上がらないわけだ。まあ、一部界隈で話題になればある程度は口コミなんかで広まるけどな。大翔や、お前も人から聞いたんだろ?」

「そうだな」

「でも、ある程度より上に行くには、今のままじゃ限界かなって俺は思うな」

「そうか」

「それにしても、有名かどうか気にするのも変な話だな。一体何をその知り合いから聞いたんだ?」

「いや……、まあ、ミーハーなだけだ」


 意外にも鋭く矢嶋がたずねてきたものの、流石に本人がアダルトゲーム作ろうとしているなんて言えるわけもなく、適当にお茶を濁した。


 * * *


 大翔の面倒くさいオタクムーブは、昼休みになった今もまだ続いていた。

 教室だろうが、楓たちに付いていこうが、大翔も一緒になりそうだったので、今日は一人そそくさと教室を出ることにした。


 と言っても行く宛もなく、取りあえずでサロンにやって来たが、お一人様は居づらい気がした。


「佐藤先輩、どうしたん?」


 そんな時に声をかけてきたのはサクラちゃんだった。傍らには先日と同じく、利根島とねしまちゃん千里せんりちゃんの二人の姿もある。


「お前の兄貴がヤバい」

「どうしたん?」

「何あいつ、白海シアンとかいうのに熱狂的すぎるんだけど、家でもああなのか?」

「何それ。あー、でも兄ちゃん最近はご飯のとき以外ずっと部屋におるからなあ」


 どうやらサクラちゃんは白海シアンを知らないようだ。いや、多分それが普通なのだろう。きっと。


「つか聞いてくれよ。大翔が夢中なそれがさ、陽菜らしいんだよ」

「は?」


 大翔たちには言えなかったことだが、アバター方に興味がなく、陽菜のことを知っているサクラちゃんには言える。と言うか、ここでようやく吐き出せる。


「ちょぉ待って。状況が飲み込めやん。兄ちゃんが好きな何とかって、何なん?」

「なんかバーチャルの配信者」

「配信者? でそれが坂城先輩?」

「らしい」

「何でそんな人づてに聞いたみたいなん」

「人づてってか、本人から聞いたぞ」

「いつ?」

「昨日」

「あー……」


 こうしたやり取りを経て、サクラちゃんは天井をあおいだ。

 その間他の二人はよく解らないといった、いや千里ちゃんについては怪訝けげんそうな顔でこちらを見ていた。


「情報に頭が付いてかへん。悪いけど先輩、ちょっと整理させて欲しいから、また」

「え、ああ。悪かったな、突然。大丈夫か?」

「ええよ。……坂城先輩、他に何か言うとった?」

「そうだな……」


 正直、思い返すとあまり人に話せるような話題をしていなかった。

 せいぜい、目の前のサクラちゃんについて少し言葉を交わしたくらいだろうか。


「サクラちゃんが上手くなったかどうかは気にしてたぞ」

「あ、ほんまに? こないだの活躍は話してくれたん?」

「伝えといたぞ」

「……もしまた坂城先輩と話すことがあったら伝えといて欲しい事があるんやけど」

「何だ?」

「佐藤先輩を倒したら、今度は坂城先輩に挑むから覚悟しといてな、って」

「……わかった、次があったらな」


 正直、次があるとは思っていない。昨日のことは偶発的な事故である。

 ただ、サクラちゃんは真剣に努力していることはこの間の件や、陽菜の話から理解した。


『彼女の先輩として、最初の目標であるキミが不様であって欲しくないと願っているよ』


 陽菜の言葉を思い出す。サクラちゃんも、俺を倒したら、と言っていた。

 つまり俺がサクラちゃんの前に立ちはだかり続ける限りは、今の約束を反故にしても構わないだろう。


「ほんなら先輩、また」

「あぁ」


 サクラちゃんたちが去って行き、俺はまたお一人様となった。

 だが、その状況はまたも打破される。俺の向かい側に誰かが座ろうとしたのだ。


「一人でなにしてるのよ」


 視線をその誰かに向け、それが日向ひむかいだと気づいたのと、彼女がそう言ったのはほぼ同時であった。

 日向は椅子に腰を落とす。辺りを見てみたが、かえでや阿部の姿はなかった。


「大翔から逃げてきたんだよ。そういうお前こそ、楓たちはどうした?」

「その佐倉くんの相手をしてるわよ。私もあなたと同じで、めんどくさそうで逃げてきた感じね」

「悪いな、俺があいつに余計なことを訊いたばかりに」

「白海シアンだっけ? 私もちょっとは見たことあるのよ」


 日向が知っているというのは意外だった。ただ思い返してみると、日向は前にも動画サイトの話をしていた。

 それに、朝大翔が熱く語っていた中で、特撮の話題がどうとか言っていたのは、なんだかんだで印象に残っていた。

 であれば、日向がその配信を見ていても別段不思議ではないのだろう。


「どうだった?」

「どうって訊かれても、そんなにちゃんと見たわけじゃないし。あぁでも、小さい頃に見てたって作品が私と同じだから、年が近いんじゃないかとは思ったわね」


 まさに日向の言うとおりで驚いた。先日の『手で女性と判った』という話といい、日向はそういった洞察力には優れているのだろうか。

 そしてもう一つ思ったことがあり、それは本人に伝えることにした。


「この間言ってた動画の話もそうだけど、別にこの年で、しかも女子で特撮が好きだからって、別に変なことじゃないってならないか?」

「まあ……言いたいことは解るわ。それでも、せめてもう少し時間は欲しいの」

「あ、いや、無理にとは言わないんだけど……。まずはSNSとかで知り合い増やしてみるとか、どうだ?」

「……そうね、前向きに考えてみるわ」


 その言葉は決して後ろ向きではなく、彼女なりの決意であることを、その表情が物語っていた。

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