《均衡》
土曜日、今日はサクラちゃんとの約束の日である。
待ち合わせ場所へは早めに着くよう家を出たので、俺がサクラちゃんを待つ形となった。
「先輩お待たせです」
「いや、さっき来たところだ」
少ししてサクラちゃんもやって来た。
Tシャツにショートパンツ、上にはパーカーを羽織るそのスタイルにはなんとなく見覚えがあった。
「今日はどこへ行くんだ?」
「なら早速やけど行こか。こっちやよ」
そうやって連れてこられたのはボウリング場に併設されたスポーツ施設だった。
なるほど、サクラちゃんの格好はここに合わせたのだろう。
「昨日雨降って今日は晴れたから、人少ないなあ」
サクラちゃんの言うとおり人の入りは多くない。通りがかりに見たボウリングも空きレーンがそれなりにあった。
「まずは何がええかなあ」
特に目的があるわけではないのか、しばらくうろうろと見て回る。
「あれええな。あっち行こ先輩」
そう言ってサクラちゃんに連れられたのはトランポリンのやうなエア遊具だった。
「なにこれ跳ぶだけか?」
「そうちゃうかな? 準備運動にはええかなって」
「まあ確かに」
とりあえず入ってみる。靴下との相性からか、歩いていると滑りそうになる。
「歩くより跳ねよや」
サクラちゃんはジャンプしながらそう言うと、少し奥の方へ跳ねながら進んでいった。
「そうだな」
倣って跳ねてみる。
ただ跳ねてるだけだなと最初思ったものの、着地のたび滑りそうになる感じ、あとなんだか小さい頃に遊んだ遊具を思い出す感じなんかで、存外楽しい気がして──。
「うおっ」
滑って転倒した。ただそこはエア遊具なので痛くもなんともない。
「油断したな先輩。それか運動不足ちゃう?」
「絶対サクラちゃんもそのうち滑るって」
起き上がって再び跳びながらそう言うと、サクラちゃんは「甘いで」と返してきた。
「ウチ靴下履いてへんし」
言われて足下に目を向けると確かに素足だ。
「隙あり」
そして気付いたらまた滑って転んでいた。よそ見しているうちにサクラちゃんが押してきたせいだ。
「危ないだろ」
「あはは、先輩ごめんな」
その後もうしばらく跳んでいたが、だんだん疲れてきた。
「結構しんどいなこれ」
「やっぱ先輩運動不足やって」
サクラちゃんの言うことも否定は出来ないが、多分足下を気にするあまり変な筋肉の使い方をしている気もする。
「まあ、準備運動はもうええかな」
サクラちゃんはそう言いながら出口まで跳ねていく。俺もそれを追いかけた。
「ほんなら、次は本命行こ」
「本命?」
今度は迷わず真っ直ぐに次の施設へ歩いていく。
「先輩、何で部活しやへんの?」
「何でって……別にやりたいわけでもないし。前の学校でもやってなかったぞ」
「そうなんや……。てっきり、サッカー部にでも入っとったんかと」
「フットサルとサッカーは別だろ?」
「まあ、結構ちゃうかな。なら先輩は、完全に
「まあそれは」
「上手かったのに勿体ない」
それは違う、と言いかけたが、先にサクラちゃんが続けて口を開いた。
「じゃ、勝負しょーか」
「勝負?」
話ながら、正確にはここまでのやりとりの最中にやって来たのはフットサルコーナーだった。
「昔よくやっとったやん?」
「ああ、そうだったな」
ルールとしてはこうだ。
攻守に別れ、攻め手が守備を抜くか、守備側がボールを取ればそれだけで勝ちとなる。バスケならシュートも加味するだろうが、サッカーやフットサルにはキーパーがいるためか、少なくとも俺たちはシュートまでは意識していなかった。
ともかくこれを攻守三回ずつの計六回行い、勝ち点を競う。
サクラちゃんとやる分には、戦績としては五分五分といった感じだった。
ついでに言えば、陽菜にはあまり勝てた覚えがない。むしろ3対0の完封負けすらあったような気がする。
「勝ったらどうする?」
「ウチは別に……前借りみたいなもんやし」
「前借り?」
サクラちゃんの意図はよく解らなかった。
「先輩は?」
「後で考える」
「ええ、それズルない?」
「お互い様だろ」
「そうかな……そうかもしれんな」
ジャンケンで順番を決める。初手は攻撃側となった。
「じゃ、早速いくぞ」
ボールを蹴り、距離を詰める。ある程度のところでサクラちゃんも少し動き出す。
サクラちゃんは少し右側にいるのを見て左側に抜いていくことにした。
だがサクラちゃんはすぐさま反応し、走り出した。二人の距離が縮まる。
ここでいったん動きを止めて切り返そうとする。が、サクラちゃんも追従してくる。それを見て再度切り返して逃げ切ろうとしたが、サクラちゃんの姿はそれを知っていたかのように、既にその先にあった。
「やったっ」
ボールを奪われ、俺に黒星がついた。
このゲーム、若干守備側が不利なところがあると思っている。
本来のゲームにおいて攻撃側はいかに守備を掻い潜って前に行くのが大きいのに対して、守備側は必ずしも積極的にボールを奪う必要はなく、相手の動きをコントロールしてライン際まで追いやることだって重要だ。
だからこのゲームはピボ、すなわちフォワードとしての練習のためにあるもので、守備側はそのための相手役でしかない。
つまるところ、攻撃側で黒星となった俺は、攻め手として下手クソだというわけだ。
「じゃあ次はウチの番な」
攻守が入れ替わり、次はサクラちゃんが攻撃側となる。
だがサクラちゃんは足裏でボールを転がすだけで、攻めてはこない。こちらもボールを取りに行かないので膠着状態となる。
やがてサクラちゃんはリフティングを始める。やる気がない訳ではないだろう。こちらが動くのを誘っているのだろうか。
「どう? 結構上手なったやろ?」
「そうだな。……リフティングはな」
ボールを蹴り上げたタイミングを見て俺は前に出る。
蹴り上げたボールが再び落ちてくるまでのわずかな時間、サクラちゃんは下手に動き出せない。それにリフティング中はボールに意識が向いている。こちらの動きに意識を向けるまで隙ができる。
ならばその隙に距離を詰めてしまえばいい。
その後は向こうも動き出してくるだろうが、こちらの動きで初動はある程度制限できる。
落ちてきたボールはサクラちゃんの足で軽く跳ねる。
そのまま右足が動いた。俺から見て左手に抜けていくものと見て、身体が動く。
だがサクラちゃんの足は空を切り、その足を軸に左足でボールを蹴る。
その動きに対してとっさに対応できなくて、そのまま抜かれてしまった。
「先輩、ちょっとチョロない?」
「いや……ブランクあるからかな」
とは言ってみたが、これは言い訳というか、強がりだ。陽菜に完封されたときも、同じようにやられた記憶がある。
だから、もともと上手くなんてなかったし、サクラちゃんは逆に上手くなって、あの時の陽菜に近づいているのだと思う。
続く二回目も同じように俺は攻守ともに黒星となった。この時点で2対0で俺の負けだ。
「三戦目もやろよ先輩」
サクラちゃんはそんな提案をしてきた。
正直ここで得点したところで俺の勝ちはないし、そもそも得点できる気もしない。
「この勝負、ウチが3対0で完封できたらウチの勝ちでええよ」
「いいのか?」
「最初からそのつもりやったし」
それだったら、という気にはなった。
流石に俺だって、このまま押さえ込まれるのは悔しい。
「じゃ、改めて気合い入れて、いかせてもらうぞ」
* * *
なんて気合いを入れたものの、無情にも得点にはならなかった。
最後は守備側になるので、この調子では完封負けとなりそうだ。
「……じゃ、最後いくに先輩」
サクラちゃんが迫ってくる。
だがそれより先に俺は動き出し、距離を縮めていく。勢いづいて抜かれる前に、近い間合いでの読み合いに持ち込んだ。
もう少しで俺がボールに届くという距離までくると、サクラちゃんは切り返そうとする。でもたぶん、彼女はまた同じ方向に戻してくるだろう。
だから追いかけるような素振りをみせつつ、戻してくるのに対応する。
サクラちゃんはそんな俺の動きにとっさに対応しようとしたが、上手くいかなくてボールを取りこぼしてしまう。
「あっ」
その隙を見逃さなかった。俺は取りこぼしたボールを奪い、勝負がついた。
勝因は、サクラちゃんが技術にこだわったことだろう。ここまでの勝負で、なんとなく定型的な動きに感じたので、彼女の行動パターンが読めてしまった。
思い返すと昔の彼女も同じような感じだったはずだ。その事にもう少し早く気付いていれば、純粋に得点でも勝てたかもしれない。
「行けると思ったんやけどなあ」
「最後の最後で焦りすぎたんだろ」
彼女の焦りもまた勝因だった。彼女のミスは、ここさえ取れたら勝ちだという気持ちが急いたからだろう。
それに……これを言うかは迷うところであるご、言うことにしよう。
「それに、陽菜のプレイを意識しすぎたな。真似するなら読みやすいし、サクラちゃんはあいつほど
「むっ……よう気付いたなあ先輩。やっぱ難しいわ」
「サクラちゃんはサクラちゃんなんだから、自分らしくやれば良いんじゃないか? 何もあいつみたいになろうとしなくていいだろ」
「まあ、それはそうなんやけどなあ」
ひと勝負を終え、俺たちはフットサルコーナーをあとにした。
そして唐突にサクラちゃんはこう言った。
「じゃあ勝負に負けたから、ウチはこれで」
「え、もう帰るのか?」
「目的は達したし、それに……まあ、ええかなって」
「ホントにこれだけが目的だったのか?」
「まあそうやな」
「……あんだけボロクソにやられて、俺の勝ちでいいのか?」
「そうゆう約束やし、ええよ」
「じゃあ、もっと遊ぼうぜ。勝った俺からのお願いだ」
「……先輩がそう言うなら、しゃあないな」
サクラちゃんはそう言うと踵を返した。
「なら、次は何やろっか? ウチ、アーチェリー気になったんやけど」
「じゃあアーチェリーやってみるか」
こうして俺たちはこの日一日ひとしきり遊んだのであった。
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