佐倉美羽がつかみ取った《チャンス》

美羽みうごめんっ!」


 帰り道、ウチの友人、利根島璃子とねしまりこは申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせながら謝った。


「余計なこときすぎた」


 璃子がそう謝るんは、さっき図書室で佐藤先輩と話した時、変な空気になったからやと思う。

 確かに璃子は踏み込みすぎた。やけども、いつかは踏み込まなあかんかった。それが早まっただけの話。


「気にせんでええよ。おかげで判ったこともあるし」

「先輩がフリーってこと?」

「え、いや、ちゃうよ。それもそうやけど」

「照れなくてよろしい。運命の王子様とのゴールに、一歩近づいた。そういうことでしょ?」

「元カノと別れたからって、今も恋人がいないわけではないですよ」


 ここまで聞いてただけの千里香せんりかおりが璃子にそう言う。

 確かに香の言うとおりだとウチも思う。こないだ一緒にお昼食べたとき、先輩と一緒にいたのは可愛い先輩が二人。先輩はどっちかと、もしかしたらもう一人、男の人やけど読モの先輩と付き合っとる可能性がある。

 坂城さかき先輩と別れた理由は、引っ越した先で新しい彼女が出来たからなんて理由かもしれん。


「じゃ、次はそれを確かめよっか」


 璃子が言ってのける。簡単にそう言うのは、人ごとやと思っとるからか。


「どうやって確かめますか?」


 意外と香も乗り気みたいで、興味津々そうに訊ねた。


「今度は美羽の口から訊くとして、まずはデートにでも誘おっか」

「で、デート!? いや、でも……」

「でももだっても無い無い。それにもしかしたら、彼女がいるからって断られたら、彼女がいるってわかるじゃん」

「そんな玉砕の仕方は嫌やな……」


 しかもそのパターンは、『先輩に彼女がいる事実』と『デートを断られる結果』のダブルパンチっていうめっちゃ最悪なパターンになる。


「ふっふっ、そんな美羽に先人の偉大な言葉をさずけよう」


 偉そうに腕を組んで胸を張り、璃子は続けた。


「当たって砕けろ」


 あまりのしょうもなさに、その場は一時シンとなった。

 砕けてどうするねん、なんてツッコミを入れる気にもならんかったけど、ウチの気持ちを察してか、香が「砕けてどうするんですか」とツッコんでくれた。


「でも私が思うに、あの先輩は誘えば来てくれると思いますよ」

「ほんまに?」

「だってなんか、女の子に流されやすい、巻き込まれ系ラブコメ主人公みたいな人じゃないですか?」

「えぇ……何それ」

「香は何でそう思うの?」

「ほら、声かけたら一緒の席に座って勉強してくれたり、元カノさんとは同じ学校、同じフットサルクラブだったりですし」

「確かに、それはそうかもしれへん」

「だから気をつけてくださいね美羽ちゃん。言い換えれば二股される可能性だって十分あるんですから」


 香の言うことは突拍子がないけども、何でか説得力を感じた。


 * * *


「それで結局デートに誘えたの?」


 テスト期間が明けた後の昼休み、璃子が訊いてきた。


「まだやけど」

「なんでまだ誘ってないの」

「そんな簡単に誘えたら苦労せんって言うか」

「かーっ、甘っちょろいなあんたは。そんなこと言ってたら一生彼氏なんてできないぞ」

「なら自分はどうなん?」


 流石に一方的に言われるのにムッとして、ウチも訊ねてみた。

 そしたら璃子は「えっ」と声を上げたあと、少しの間押し黙った。


「……いや、私はほら、そういう相手いないから」

「私知ってますよ」


 しどろもどろな璃子に対し、まるで追撃するみたいに香が割って入ってきた。その言葉に璃子は勢いよく首を香の方に向けた。


「いや、嘘でしょ?」

東海林しょうじくんですよね、同じクラスの」


 香の問いに、璃子は何も答えんとただ少し俯いた。心なしか顔は赤い。言葉はなくとも、それが答えやろなと思わされる。

 東海林大和やまとは入学早々クラスの中心にいるような、いわゆるトップカーストで、好き嫌いは別としてイケメンやとは思う。

 別にそんな彼を好きになったなんて言われても、ごく自然なことには思える。

 しかも坂城先輩がイケメンかどうかを訊いてきたことから、たぶん璃子はいわゆる面食いってやつかもしれん。


「美羽ちゃんがデートに誘ったら、璃子ちゃんも東海林くんをデートに誘いますよね?」

「お、それええやん」


 さらに香が追い詰めてくから、ついそれに便乗した。もちろんまだ、誘う気はないんやけど。

 それに対して璃子は「でも……」と言い淀んだ後こう言った。


「美羽と先輩ほど仲良くないし」


 言いたいことは解る。けどウチは、そんな璃子に対してどうしても言いたいことがあった。


「なあ璃子。先人の偉大な言葉教えたろか?」


 ウチは腕を組んで胸を張ってこう続けた。


「当たって砕けろや」


 ウチのその言葉で璃子は気まずそうに目をそらし、香はにこりと笑った。


 * * *


 とは言うても、結局ウチも璃子も、デートに誘えてへんかった。

 さらにテストの結果が追い打ちをかけてきた。先輩に教えて貰った数学はよかったんやけど、英語がボロボロ。クラスでも下から数えた方が早いくらいやった。

 正直今はデートとか言うとる場合やない。多分それは璃子も同じ。


「全然進展がないですね」


 ただ一人、香だけは恋愛事情を抱えるわけでも、テストの点が悪いわけでもなく、ウチらを追い詰める。


「正直今は恋愛云々は二の次って感じ」


 ウチが思ってたことを璃子が口にした。


「東海林くん、クラスで一位だったらしいですね」

「ほんまに? めっちゃ凄いやん」

「顔良し頭良し、背も高くてイケメンで、さらにスポーツもできる。性格も良くてクラスの中心人物。本当、絵に描いたような超人ですね。……憎たらしい」

「香何か言った?」

「いえ、だったら勉強を教えて貰えば一石二鳥では、そう思っただけですよ」

「勉強かぁ。でも東海林っていろいろやってて忙しそうだし、いつも周りに誰か居るからなぁ」

「そうですね、じゃあまずは……あ、そうだ」


 香はウチの方を見ると、突然こう言った。


「私今日スマホ忘れたんですよ。連絡したいことがあるんですが、美羽ちゃん貸してくれませんか?」


 突然のお願いにびっくりしたけど、それならとスマホを取り出し、ロックを解除して香に渡した。

 香はスマホを受け取って、しばらく何か操作をする。電話をかけるにしては長いから、なんか嫌な予感がした。

 いや、きっと違う機種で操作がわからんとか、意外とショートメールみたいなのを送ろうとしとるとか、そう言う感じのはず。


「ありがとうございました。無事連絡もできました」


 香から返されたスマホに表示されてたのは、メッセージアプリのトーク画面。その相手の名前には『佐藤拓真』とある。

 ここまでの流れに頭の理解が追いつかんくて、ついその場で固まってしまった。


「美羽どうした?」


 こちらから先輩に向けて送られたメッセージはこうやった。


『今週の土曜日、一緒に出かけませんか?』


 まさにデートの誘い。もちろん先輩から見ればウチが誘ったことになる。

 香はウチらの進展のなさに業を煮やしたみたいやった。ただ、なにが香をそこまで駆り立てるのかが割と疑問や。


「それじゃあ次は璃子ちゃんですね」


 そして矛先が璃子へ向かっていった。

 香のやることは正直めっちゃ酷いけど、こうなったからにはやるしかない。

 それに……これをデートって言うんなら、あの約束もここで精算せなあかん。たとえ先輩がそのことを忘れとったとしても。

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